Re: う〜ん、なんだろねぇー。
投稿者: numbergl 投稿日時: 2009/07/24 17:11 投稿番号: [152332 / 230347]
私が貼り付け紹介しておきますね。
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著者:金城一紀
文字サイズ変更 小 中 大
名前ってなに?
バラと呼んでいる花を
別の名前にしてみても美しい香りはそのまま
――『ロミオとジュリエット』シェイクスピア(小田島雄志訳)
1
「ハワイか……」
オヤジが初めて僕の前で『ハワイ』という言葉を口にしたのは、僕が十四歳のお正月のことで、その時、テレビの画面では、美人女優三人がハワイに行き、ただひたすら「きれい! おいしい! きもちいい!」を連呼するお正月特番が映し出されていた。ちなみに、それまで、我が家ではハワイは『堕落した資本主義の象徴』と呼ばれていた。
当時、オヤジは五十四歳で、朝鮮籍を持つ、いわゆる《在日朝鮮人》で、マルクスを信奉する共産主義者だった――。
ここでまず断っておきたいのだけれど、これは僕の恋愛に関する物語だ。その恋愛に、共産主義やら民主主義やら資本主義やら平和主義やら一点豪華主義やら菜食主義やら、とにかく、一切の『主義』は関わってこない。念のため。
さて、オヤジが『ハワイ』を口にした時、小さくガッツポーズをしたオフクロ(朝鮮籍)は、のちに僕にこう言った。
「あの人も歳にはかなわなかったのよ」
その年のお正月はものすごい寒波に襲われていて、五十を過ぎているオヤジの身にはかなり応えたらしく、やたらと「関節が……」と切なそうにつぶやきながら体をさすっていた。オヤジは温暖な気候を持つ韓国の済州島に生まれ、子供時代を過ごしていた。ちなみに、済州島は『東洋のハワイ』を自称している。
一方、日本で生まれ、日本で育ち、十九歳の時に御徒町のアメ横でオヤジにナンパされて、二十歳で僕を生んだオフクロは、オヤジが転びかかっているのを見逃さず、素早く後ろに回り込み、でたらめに背中を押した。
「ベルリンの壁は崩れたし、ソ連ももうないのよ。この前テレビで言ってたけど、ソ連が崩壊したのは寒さが原因らしいわよ。寒さって、人の心を凍らせるのよ。主義も凍らせてしまうのよ……」
哀切のこもった口調だった。そのまま続けていたら『ドナドナ』でも歌い出しそうな勢いだった。
うつむき加減でオフクロの言葉を聞いていたオヤジが顔を上げ、テレビの画面に視線を戻した時、いつの間にか水着姿になっていた美人女優たちが、オヤジにとろけそうな笑顔を向けながら、「アロハ!!!」と呼びかけた。
「アロハ……」
断末魔のつぶやきだった。オヤジは深く、長いため息をつき、そして、転んだ。
転んで、起き上がったあとのオヤジの動作は機敏で迅速だった。お正月休みが終わってすぐ、ハワイに行くために朝鮮籍から韓国籍に変える手続きを始めた。
説明が必要だと思う。どうして韓国の済州島に生まれたオヤジが朝鮮籍で、どうしてハワイに行くためには国籍を韓国籍に変えなくてはいけないのか。つまらない話なので、なるべく長くならないように説明しようと思う。できれば。ユーモアも交えたいのだけれど、ちょっと難しいかもしれない。
子供の頃――戦時中のことだ――オヤジは《日本人》だった。理由は簡単。むかし、朝鮮(韓国)は日本の植民地だったから。日本国籍と日本名と日本語を押しつけられたオヤジは、大きくなったら《天皇陛下》のために戦う兵士になるはずだった。両親が日本の軍需工場に徴用されたので、オヤジは子供の頃に両親と一緒に日本に渡ってきた。戦争が終わり、日本が敗けると、オヤジは《日本人》ではなくなった。ついでに日本政府から「用がなくなったから出てけ」なんて身勝手なことを言われてあたふたしているうちに、いつの間にか朝鮮半島がソ連とアメリカの思惑で、北朝鮮と韓国のふたつの国に割れていた。日本にいてもいいけど、どちらかの国籍を選べ、と迫られたオヤジは朝鮮籍を選ぶことにした。理由は、北朝鮮が貧乏人に優しい(はずの)マルクス主義を掲げていることと、日本にいる《朝鮮人(韓国人)》に対して韓国政府より気遣ってくれたから。そんなわけで、オヤジは朝鮮籍を持つ、いわゆる《在日朝鮮人》になった。
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続く
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著者:金城一紀
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名前ってなに?
バラと呼んでいる花を
別の名前にしてみても美しい香りはそのまま
――『ロミオとジュリエット』シェイクスピア(小田島雄志訳)
1
「ハワイか……」
オヤジが初めて僕の前で『ハワイ』という言葉を口にしたのは、僕が十四歳のお正月のことで、その時、テレビの画面では、美人女優三人がハワイに行き、ただひたすら「きれい! おいしい! きもちいい!」を連呼するお正月特番が映し出されていた。ちなみに、それまで、我が家ではハワイは『堕落した資本主義の象徴』と呼ばれていた。
当時、オヤジは五十四歳で、朝鮮籍を持つ、いわゆる《在日朝鮮人》で、マルクスを信奉する共産主義者だった――。
ここでまず断っておきたいのだけれど、これは僕の恋愛に関する物語だ。その恋愛に、共産主義やら民主主義やら資本主義やら平和主義やら一点豪華主義やら菜食主義やら、とにかく、一切の『主義』は関わってこない。念のため。
さて、オヤジが『ハワイ』を口にした時、小さくガッツポーズをしたオフクロ(朝鮮籍)は、のちに僕にこう言った。
「あの人も歳にはかなわなかったのよ」
その年のお正月はものすごい寒波に襲われていて、五十を過ぎているオヤジの身にはかなり応えたらしく、やたらと「関節が……」と切なそうにつぶやきながら体をさすっていた。オヤジは温暖な気候を持つ韓国の済州島に生まれ、子供時代を過ごしていた。ちなみに、済州島は『東洋のハワイ』を自称している。
一方、日本で生まれ、日本で育ち、十九歳の時に御徒町のアメ横でオヤジにナンパされて、二十歳で僕を生んだオフクロは、オヤジが転びかかっているのを見逃さず、素早く後ろに回り込み、でたらめに背中を押した。
「ベルリンの壁は崩れたし、ソ連ももうないのよ。この前テレビで言ってたけど、ソ連が崩壊したのは寒さが原因らしいわよ。寒さって、人の心を凍らせるのよ。主義も凍らせてしまうのよ……」
哀切のこもった口調だった。そのまま続けていたら『ドナドナ』でも歌い出しそうな勢いだった。
うつむき加減でオフクロの言葉を聞いていたオヤジが顔を上げ、テレビの画面に視線を戻した時、いつの間にか水着姿になっていた美人女優たちが、オヤジにとろけそうな笑顔を向けながら、「アロハ!!!」と呼びかけた。
「アロハ……」
断末魔のつぶやきだった。オヤジは深く、長いため息をつき、そして、転んだ。
転んで、起き上がったあとのオヤジの動作は機敏で迅速だった。お正月休みが終わってすぐ、ハワイに行くために朝鮮籍から韓国籍に変える手続きを始めた。
説明が必要だと思う。どうして韓国の済州島に生まれたオヤジが朝鮮籍で、どうしてハワイに行くためには国籍を韓国籍に変えなくてはいけないのか。つまらない話なので、なるべく長くならないように説明しようと思う。できれば。ユーモアも交えたいのだけれど、ちょっと難しいかもしれない。
子供の頃――戦時中のことだ――オヤジは《日本人》だった。理由は簡単。むかし、朝鮮(韓国)は日本の植民地だったから。日本国籍と日本名と日本語を押しつけられたオヤジは、大きくなったら《天皇陛下》のために戦う兵士になるはずだった。両親が日本の軍需工場に徴用されたので、オヤジは子供の頃に両親と一緒に日本に渡ってきた。戦争が終わり、日本が敗けると、オヤジは《日本人》ではなくなった。ついでに日本政府から「用がなくなったから出てけ」なんて身勝手なことを言われてあたふたしているうちに、いつの間にか朝鮮半島がソ連とアメリカの思惑で、北朝鮮と韓国のふたつの国に割れていた。日本にいてもいいけど、どちらかの国籍を選べ、と迫られたオヤジは朝鮮籍を選ぶことにした。理由は、北朝鮮が貧乏人に優しい(はずの)マルクス主義を掲げていることと、日本にいる《朝鮮人(韓国人)》に対して韓国政府より気遣ってくれたから。そんなわけで、オヤジは朝鮮籍を持つ、いわゆる《在日朝鮮人》になった。
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続く
これは メッセージ 152304 (nandakana2008 さん)への返信です.
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