1億%も自信は有りませんが…(改)
投稿者: qapla_jup 投稿日時: 2009/07/11 13:46 投稿番号: [151230 / 230347]
マドリッドさん。
なんか浮きまくりですが(苦笑)
あなたがホー・チ・ミンが大好きなのは良く分かった。多分私だけじゃ
ないかな?「彼」を肯定的に評価している事を表明したのは?
多分あなたのクセなんでしょうか、主観に凝り固まり気味ですね。当初
マーク君の性根を善意の誤解から支持していた様に、判断は慎重にすべき
です。特にその時々の風潮、著者の主観、そして新事実の発見によって
書換えられる歴史なんてものは。ホー・チ・ミンに関しても、礼讃者も
墓に入り、自由に語れる日が来るにつれて何らかの負の面が出てくる
可能性は、あります。柔軟な発想をした方が良いでしょう。
私見による彼の功罪を挙げてみましょう。まずは「功績」。無論宗主国
フランスの植民地支配を退け、アメリカの介入もはね退けた不屈の闘士
である点。腐敗し私利私欲の追及に陥りがちな共産主義指導者には
珍しく、知る限り清廉を通した事。偉大な建国者として、歴史に名を残す
だけの権利が彼にはあります。
次に「罪」。第一に、祖国ベトナムの欧米からの解放を強く願うあまり、
共産主義の誘惑に負けた点。利用出来るものは何でも、敵の敵は味方。
という発想なのでしょうが、成就した後の配慮に欠けています。共産党
一党独裁に、旧王国や植民地支配と、どこに違いがあるのですか?仮に
彼が「天才」としましょう。ですが傑出した個人の能力に多くを負った
体制は、所詮ワンマンチームで後が続きません。
こう例えましょうか?サッカーの名選手は、全員名監督足りえるか?監督
一人の脳内のみで常勝チームと成り得るか?「指導者」なのですから、
スタッフを上手く使って隅々にまで目を配るマネージメント能力が必要
であり、凡人の気持ちの分からない天才では出来ません。
独創的な施策を国内外で次々に成功させ、在職期間中大いに発展させ、
その後の国家繁栄の礎を築いた人間こそが、政治的「天才」。政治家
ホー・チ・ミンの評伝は呼んだ事がありませんが、何か内政上の功績を
御存知ならば御教示下さい。事実後述のカンボジア侵攻後に「ドイモイ」
(ベトナム版市場開放政策)が始まり、親玉ソ連も崩壊し、彼の経済
政策など、ソ連式五ヵ年計画の焼き直しに過ぎなかったのでは?それに
軍事的天才という訳でもないですが?
第二に米仏に対抗する資金、装備がどこから来たか?ソ連以外にあり
ません。ではソ連は何故支援したか?「共産主義の輸出」以外にあり
ません。ここに東西冷戦の構図があります。敵対する陣営の勢力拡大は、
キューバ危機(1962年)を例に挙げるまでもなく、阻止しなければならない
訳です。私はアメリカに「勝った」ベトナムは尊敬しますが、アメリカ側の
理由も理解出来ます。こう考えては?日本とスペインが共産化していたら、
あなたの御贔屓のサッカーチームも、それに熱狂するあなたも存在しません。
第三にソ連の大々的な支援を受け、且つ指導者としてベトナム戦争中に
起こった捕虜虐待等の戦争犯罪、南ベトナム関係者を含む非戦闘員の殺害に
対する責任は、彼が負うべきです。ただこれは交戦国の指導者である以上
避けられない汚名です。だから私は、祖国解放の為、採りうるあらゆる
手段を使ったに過ぎない、で良いと考え「評価する」のです。
第四に王室に代表される祖国の伝統を破壊した事。マイナーな分野という
事もあるのでしょうが、旧グエン朝が悪政を敷いたという資料に行き
当たった事がないのですが?
第五に、これは彼の死後の話ですが、結構ベトナム好きな私でも、ベトナム
がカンボジアに侵攻した第三次インドシナ戦争(1979)の背景が、未だ
よく分からない。結果的にポル=ポト政権の自国民虐殺を暴いてはいますが、
親ソのベトナムが、親中のポル=ポト打倒に動いただけの気がする。そう
言えば何かで読んだのですが、食糧難に苦しんでいた当時のベトナム政府が、
カンボジア侵攻軍に食糧を略奪して(ダメじゃん)本国に送って来いと指令
したところ、野犬を捕まえて送ってきた、という笑いにくい笑い話を読んだ
事が。
天才ならば、帽子からウサギを出す様に、共産主義という「劇薬」を
用いず、独自の思想で祖国を平和的に独立、再統一すべきではなかった
のでしょうか?
ただ、ホーおじさんの真の願いは、体制はどうあれ祖国の独立維持と発展で
あった気がします。アジア的人治主義・社会主義が入り混じった汚職大国の
側面を持つ反面、勤勉で根気強いベトナムの方が、私は好きですね。
※誤字発見によりオリジナルは削除しました。
なんか浮きまくりですが(苦笑)
あなたがホー・チ・ミンが大好きなのは良く分かった。多分私だけじゃ
ないかな?「彼」を肯定的に評価している事を表明したのは?
多分あなたのクセなんでしょうか、主観に凝り固まり気味ですね。当初
マーク君の性根を善意の誤解から支持していた様に、判断は慎重にすべき
です。特にその時々の風潮、著者の主観、そして新事実の発見によって
書換えられる歴史なんてものは。ホー・チ・ミンに関しても、礼讃者も
墓に入り、自由に語れる日が来るにつれて何らかの負の面が出てくる
可能性は、あります。柔軟な発想をした方が良いでしょう。
私見による彼の功罪を挙げてみましょう。まずは「功績」。無論宗主国
フランスの植民地支配を退け、アメリカの介入もはね退けた不屈の闘士
である点。腐敗し私利私欲の追及に陥りがちな共産主義指導者には
珍しく、知る限り清廉を通した事。偉大な建国者として、歴史に名を残す
だけの権利が彼にはあります。
次に「罪」。第一に、祖国ベトナムの欧米からの解放を強く願うあまり、
共産主義の誘惑に負けた点。利用出来るものは何でも、敵の敵は味方。
という発想なのでしょうが、成就した後の配慮に欠けています。共産党
一党独裁に、旧王国や植民地支配と、どこに違いがあるのですか?仮に
彼が「天才」としましょう。ですが傑出した個人の能力に多くを負った
体制は、所詮ワンマンチームで後が続きません。
こう例えましょうか?サッカーの名選手は、全員名監督足りえるか?監督
一人の脳内のみで常勝チームと成り得るか?「指導者」なのですから、
スタッフを上手く使って隅々にまで目を配るマネージメント能力が必要
であり、凡人の気持ちの分からない天才では出来ません。
独創的な施策を国内外で次々に成功させ、在職期間中大いに発展させ、
その後の国家繁栄の礎を築いた人間こそが、政治的「天才」。政治家
ホー・チ・ミンの評伝は呼んだ事がありませんが、何か内政上の功績を
御存知ならば御教示下さい。事実後述のカンボジア侵攻後に「ドイモイ」
(ベトナム版市場開放政策)が始まり、親玉ソ連も崩壊し、彼の経済
政策など、ソ連式五ヵ年計画の焼き直しに過ぎなかったのでは?それに
軍事的天才という訳でもないですが?
第二に米仏に対抗する資金、装備がどこから来たか?ソ連以外にあり
ません。ではソ連は何故支援したか?「共産主義の輸出」以外にあり
ません。ここに東西冷戦の構図があります。敵対する陣営の勢力拡大は、
キューバ危機(1962年)を例に挙げるまでもなく、阻止しなければならない
訳です。私はアメリカに「勝った」ベトナムは尊敬しますが、アメリカ側の
理由も理解出来ます。こう考えては?日本とスペインが共産化していたら、
あなたの御贔屓のサッカーチームも、それに熱狂するあなたも存在しません。
第三にソ連の大々的な支援を受け、且つ指導者としてベトナム戦争中に
起こった捕虜虐待等の戦争犯罪、南ベトナム関係者を含む非戦闘員の殺害に
対する責任は、彼が負うべきです。ただこれは交戦国の指導者である以上
避けられない汚名です。だから私は、祖国解放の為、採りうるあらゆる
手段を使ったに過ぎない、で良いと考え「評価する」のです。
第四に王室に代表される祖国の伝統を破壊した事。マイナーな分野という
事もあるのでしょうが、旧グエン朝が悪政を敷いたという資料に行き
当たった事がないのですが?
第五に、これは彼の死後の話ですが、結構ベトナム好きな私でも、ベトナム
がカンボジアに侵攻した第三次インドシナ戦争(1979)の背景が、未だ
よく分からない。結果的にポル=ポト政権の自国民虐殺を暴いてはいますが、
親ソのベトナムが、親中のポル=ポト打倒に動いただけの気がする。そう
言えば何かで読んだのですが、食糧難に苦しんでいた当時のベトナム政府が、
カンボジア侵攻軍に食糧を略奪して(ダメじゃん)本国に送って来いと指令
したところ、野犬を捕まえて送ってきた、という笑いにくい笑い話を読んだ
事が。
天才ならば、帽子からウサギを出す様に、共産主義という「劇薬」を
用いず、独自の思想で祖国を平和的に独立、再統一すべきではなかった
のでしょうか?
ただ、ホーおじさんの真の願いは、体制はどうあれ祖国の独立維持と発展で
あった気がします。アジア的人治主義・社会主義が入り混じった汚職大国の
側面を持つ反面、勤勉で根気強いベトナムの方が、私は好きですね。
※誤字発見によりオリジナルは削除しました。
これは メッセージ 151196 (i_love_atletico_madrid さん)への返信です.
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