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Re: 我が偉大な祖国の海

投稿者: imp_mania_jk 投稿日時: 2005/12/29 20:20 投稿番号: [15107 / 230347]
よっキムちゃ〜ん♪
まずこの資料を見てね♪
    ↓
日韓以外で作成された地図における名称の推移
http://www1.kaiho.mlit.go.jp/GIJUTSUKOKUSAI/nihonkai/suii_jp.htm

「日本海」という名称は、Matteo Ricciが1602年に表した「坤輿万国全図(World Atlas)」に初出したと言われ、以降、17世紀から西洋の地図によく見られるようになります。さらに、18世紀後半になると、経度を正確に測定するために不可欠な、海上での時刻を正確に計測する時計クロノメータが発明され、島や大陸の正確な位置を測定して地図を作成することができるようになりました。この頃、西欧の3名の探検家ラペルーズ(仏)、ブロートン(英)、クルーゼンシュテルン(露)が相次いで日本付近の調査に乗り出し、日本海の正確な形状を明らかにしていきました。特にクルーゼンシュテルンは彼の著書「世界周航記」(1812年)で「人はこの海を朝鮮海とも名付けたが、この海は朝鮮の海岸にはごくわずかな部分しか現れてこないので、この海は日本海と名付ける方が良いであろう。」と記しています。彼の考え方は、日本海がユーラシア大陸北東部から朝鮮半島に続く海岸と対峙してサハリンから続く弓形の弧を描いた日本列島の島々に囲まれた縁海としての地理的な命名の方法にもかなっています。このようにして、おぼろげだった「日本海」を取り巻く地形、特に日本列島の地形が西洋の地図学者、探検家及び航海者等の調査によって明らかになるにつれて、「日本海(Japan Sea)」の名称は、19世紀の初めまでに当該海域を示す単一の名称として国際的に確立しました。

参考資料「世界周航記」(Reise um die Welt in den Jahren)
原本(全3巻)はドイツ語版及びロシア語版で、1810〜12年にサンクト・ペテルブルグで刊行された。同書はオランダ、フランス、スウェーデン、イタリア、英語などの各国語に翻訳され、ヨーロッパ各国に流布した。日本でもオランダ語版をもとに翻訳がおこなわれた。幕府天文台翻訳方青地林宗訳・天文方高橋景保校訂『奉使日本紀行』(抄訳)がそれである。ちなみに、高橋景保は、この世界周航記などの洋書と交換するために国禁の日本地図をオランダ商館付医官シーボルトへ与えたことが幕府に発覚し、獄死した(シーボルト事件、1828年)。(横浜開港資料館ホームページより)
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