NHKの「仏教伝来」番組を見て
投稿者: squuperracouoshmtyirl 投稿日時: 2009/06/29 11:47 投稿番号: [150082 / 230347]
なんだか、とても百済に「貧相」を感じたのです。
高校までの教科書の記述だけでは、単に高い文化が流れてきたのだなあ、としか受け止めていなかったと思うのだが、発掘などの研究が進展するにつれて感じるのは、意匠の洗練度や建造・建築の技量などすべての存在感が、基礎ベースが無かったはずの我が国へ持ち込んで、短期間にあるいは同時代的に、あれほど差がつくのか?ということなのだ。
たとえば、百済の寺院を建造した工人集団が、倭国へ渡ってきたものらしいのだが、完成時期でたった10年しか違わないはずの意匠の切れが、格段に違うのか?
仏像や宝物の意匠も仕上がりも、なんだか全て洗練度が百済の方が低いのは、先行しているせいだけか?
あれでは、まるで「百済で実証試験しているような印象」なのである。
そして、百済は滅ぼされてしまい、多くが倭国へ逃れてきたとすれば、現代の韓国人の連中というものは、征服者と逃げ損ねた連中の子孫であって、現代の韓国人と百済は、ほとんど関係ないではないか、と思えるし。
仏教を弾圧したせいで、朝鮮半島には見るべき仏教建築が残っていないといえるほどだ。
復元したという仏教建築物の、なんという貧弱さ。
仏教伝来以前に、高い工芸技術(宝物の製作技術など)や建築技術がなければ、あのように急速かつ洗練度の高い状態で、全国展開できるわけがない。
だいたい、捏造で作っている韓国ドラマのシーンを参考に流すような愚かなマネは番組作りとして低級だ。
NHKが、現代の朝鮮人を日本人が好印象を持つようにと印象操作を重ねているようで、気持ち悪いと、またまた感じた。
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