「サムライ」の語源は「サウラビ」ニダ
投稿者: aopbnwat 投稿日時: 2009/06/19 10:05 投稿番号: [149164 / 230347]
[イ・ナムギョの日本語源流散歩24]花郎道(ファランド)と侍
(韓国毎日新聞 韓国語 2009/06/17)
慶一大総長・イ・ナムギョ
「天の下、人はみな平等だ」とする私たちの人乃天思想(訳注:人が即ち天であるという考え方)が日本では全く合わない。いやむしろ日本は君と私は同じ人でないという認識がさらに深い。
日本人たちはお互いの間に越えられない線があって、階段があって、壁があると考える。金持ちならば金持ちらしく生きて、貧しければ貧しいように生きなければなければならないと考える。そのためか、彼らは人が良い暮らしをしても、腹を痛がったりねたましく思わない。
終戦後、日本が困難だった時、池田首相は「貧しい者は麦飯を食べろ」と言ったが、日本人たちはこの言葉に反発どころか当たり前であるお言葉として、首相の「名言録」に登録までした。昔は侍が通り過ぎる時、見えるようにお辞儀をしなかったり何かの誤りがある時は容赦なく刀で切ってしまう厳格な「サムライ・ルール」があった。
それなら平民はどうして屈従の歴史を黙々と耐えて今日に至ったのだろうか?そこにはもう一つの奇妙な「サムライ法則」がある。それは名誉と富と権力を共に持たないという暗黙のルールで「サムライは名誉、君主は権力、商人は富」を重視してこれらを兼ねて持たないという分離の法則だ。権力を持った者は名誉とお金を決して追求せず、サムライも刀で平民らの財産を収奪しない。
「武士は食わぬと高楊子」ということわざのように、サムライらは名誉を自分の生命よりさらに大切にしたのだ。
それならこの「サムライ(侍)」という言葉はどこからきたのだろうか?それは言うまでもなく韓国語「サウラビ(戦う親父)」が変化した言葉だ。「戦う」を日本語で表現すれば「タダカウ」(争う)と言い、これは「タダク」(叩く)すなわち、太鼓を「たたく」から派生した言葉だ。従って「たたく」は殴ることで、これは戦いが上手なことを意味し、そのような子供を「サウル・アイ(争う子供)」というが、これが「サウラビ(戦う親父)⇒侍」になったのだ。
ところでこのようなサムライの精神は新羅の花郎道(ファランド)精神に起因した点が大きい。花郎道の「花郎五戒」とは事君以忠、事親以孝、朋友有信、臨戦無退、殺生有択で主君に仕えることにおいては忠、父母には孝、友人と交わることには信、戦いに出れば退かず、殺生は選別をするという言葉だ。このような花郎精神は道徳が緩んだ今日、私たちの社会がもう一度吟味して実践しなければならない生活の徳性ではないだろうか。(翻訳 2ch 蚯蚓φ氏)
(参考資料)
侍の語源・由来 (語源由来辞典より)
侍の語源は、貴人のそば近くに使えることを意味する動詞「さぶらふ(さぶらう)」の名詞形「さぶらひ」に由来する。
「さぶらふ」は、「守らふ(もらふ)」に接頭語「さ」が付いた「さもらふ」が古形となる。
平安時代、「さぶらひ」は貴人のそばに仕える男のことを言ったが、鎌倉時代以降、武士階級の勢力が強まり、武士一般を呼ぶようになり、室町時代に「さぶらひ」から「さむらひ」へ音が変化した。
1603年の『日葡辞書』には、尊敬すべき人という語釈がされており、侍は武士の中でも偉大な人物を評価する語となっていた。
>日本の宗主国を気取りたいのか何なのか知らないが、次から次へとこうも堂々と嘘が書けるところが、この民族の凄いところである。
(韓国毎日新聞 韓国語 2009/06/17)
慶一大総長・イ・ナムギョ
「天の下、人はみな平等だ」とする私たちの人乃天思想(訳注:人が即ち天であるという考え方)が日本では全く合わない。いやむしろ日本は君と私は同じ人でないという認識がさらに深い。
日本人たちはお互いの間に越えられない線があって、階段があって、壁があると考える。金持ちならば金持ちらしく生きて、貧しければ貧しいように生きなければなければならないと考える。そのためか、彼らは人が良い暮らしをしても、腹を痛がったりねたましく思わない。
終戦後、日本が困難だった時、池田首相は「貧しい者は麦飯を食べろ」と言ったが、日本人たちはこの言葉に反発どころか当たり前であるお言葉として、首相の「名言録」に登録までした。昔は侍が通り過ぎる時、見えるようにお辞儀をしなかったり何かの誤りがある時は容赦なく刀で切ってしまう厳格な「サムライ・ルール」があった。
それなら平民はどうして屈従の歴史を黙々と耐えて今日に至ったのだろうか?そこにはもう一つの奇妙な「サムライ法則」がある。それは名誉と富と権力を共に持たないという暗黙のルールで「サムライは名誉、君主は権力、商人は富」を重視してこれらを兼ねて持たないという分離の法則だ。権力を持った者は名誉とお金を決して追求せず、サムライも刀で平民らの財産を収奪しない。
「武士は食わぬと高楊子」ということわざのように、サムライらは名誉を自分の生命よりさらに大切にしたのだ。
それならこの「サムライ(侍)」という言葉はどこからきたのだろうか?それは言うまでもなく韓国語「サウラビ(戦う親父)」が変化した言葉だ。「戦う」を日本語で表現すれば「タダカウ」(争う)と言い、これは「タダク」(叩く)すなわち、太鼓を「たたく」から派生した言葉だ。従って「たたく」は殴ることで、これは戦いが上手なことを意味し、そのような子供を「サウル・アイ(争う子供)」というが、これが「サウラビ(戦う親父)⇒侍」になったのだ。
ところでこのようなサムライの精神は新羅の花郎道(ファランド)精神に起因した点が大きい。花郎道の「花郎五戒」とは事君以忠、事親以孝、朋友有信、臨戦無退、殺生有択で主君に仕えることにおいては忠、父母には孝、友人と交わることには信、戦いに出れば退かず、殺生は選別をするという言葉だ。このような花郎精神は道徳が緩んだ今日、私たちの社会がもう一度吟味して実践しなければならない生活の徳性ではないだろうか。(翻訳 2ch 蚯蚓φ氏)
(参考資料)
侍の語源・由来 (語源由来辞典より)
侍の語源は、貴人のそば近くに使えることを意味する動詞「さぶらふ(さぶらう)」の名詞形「さぶらひ」に由来する。
「さぶらふ」は、「守らふ(もらふ)」に接頭語「さ」が付いた「さもらふ」が古形となる。
平安時代、「さぶらひ」は貴人のそばに仕える男のことを言ったが、鎌倉時代以降、武士階級の勢力が強まり、武士一般を呼ぶようになり、室町時代に「さぶらひ」から「さむらひ」へ音が変化した。
1603年の『日葡辞書』には、尊敬すべき人という語釈がされており、侍は武士の中でも偉大な人物を評価する語となっていた。
>日本の宗主国を気取りたいのか何なのか知らないが、次から次へとこうも堂々と嘘が書けるところが、この民族の凄いところである。
これは メッセージ 1 (the_rich_and_smooth さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/ffckdca4h4z9qa4n5doc0a4n9adbel_1/149164.html