Re: 嫌韓族への公開手紙 さてと
投稿者: qapla_jup 投稿日時: 2009/06/01 06:38 投稿番号: [147453 / 230347]
>私はこれらセリフをノルウェーの同僚に話した
語学力から言って(笑)どうせホントとは思えませんし、ゴールデン
ウィークに日韓を歴訪した喘息持ちの子供の親御さんなら名前を出して
欲しいもんですが、日韓関係を話す時に韓国系の人間がやるルール違反は、
百年前の韓国が、文明史的にどうしようもなく遅れていた事を隠す事。
日本の関与が朝鮮半島の生活をビッグバン的に向上させた事実を隠す事
ですね。それにしても創作が出来なかったのか、肝心のノルウェー人の
コメントがないなぁ(笑)
私は度々指摘していますが、ノルウェーは20世紀初頭、スウェーデンからの
独立を果たします。この時の立役者がフリチョフ・ナンセン。アムンゼンが
南極点到達を果たす前に北極点探検(失敗)をした人。二人が使った船
“フラム号”つながりで知っているんですがね。
>1905年、デンマークの王子を国王に迎え入れたノルウェーは、スウェー
デンとの同君連合を解消して完全独立を達成しました。宗主国たる
スウェーデンは、この動きを特に妨害しようとはしなかったので、この
独立は平和的に達成されました。しかし(中略)スウェーデン政府は
一応、武力で独立運動を鎮圧する準備はしていたし、ノルウェーの方も、
スウェーデンとの境界線の防衛を強化していたので、軍事衝突に至る
可能性は十分にあったのです。日本では北欧史に関する書物にナンセンの
名が載ることは稀ですが、彼がノルウェー独立運動において果たした
役割は地味ながら非常に重要なものでした。まず、独立運動の成功には
“主要国の了解”が不可欠なのですが、時は帝国主義、植民地主義の
時代。イギリス、フランスなどの列強は皆、「独立」というものには
冷淡でした。国際連盟のような小国も発言できる国際舞台もまだありま
せん。しかし、ヨーロッパ会議(中略)の様な排他的な「列強クラブ」も、
ナンセンのような著名人には門戸を開かざるを得ず、マスコミもナンセン
の手になる寄稿となれば掲載せざるを得ない。ナンセンは著名人である
ことを最大限に利用して、列強各国(中略)の政治家や国民の間に、
ノルウェー独立運動に対する好意的な世論を作り出すことに尽力し、成功
しました。更に、独立に向けたノルウェーとスウェーデンの世論の調整
にも重要な役割を果たしています(中略)。おかげでもって、独立の賛否を
問うノルウェーの国民投票では、投票総数37万票のうち、反対は200票
ほどだったといいます。
(引用部に編集あり、ネタ元はこちら)
http://matsumat.hp.infoseek.co.jp/hero3/hero3_003.htm
紙面の関係で端折りますが、ノルウェーは14世紀末から王家が絶え独立を
失い、20世紀初頭にデンマーク王家から王を向かえ主権を回復しますが、
そこまでの長い道のりを、力を蓄え、独立の気運を高め国内の意見統一を
し、国際社会でも発言力を持つリーダーの登場を辛抱強く待ちました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8E%E3%83%AB%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%83%BC
朝鮮半島にそれがあったとでも?
語学力から言って(笑)どうせホントとは思えませんし、ゴールデン
ウィークに日韓を歴訪した喘息持ちの子供の親御さんなら名前を出して
欲しいもんですが、日韓関係を話す時に韓国系の人間がやるルール違反は、
百年前の韓国が、文明史的にどうしようもなく遅れていた事を隠す事。
日本の関与が朝鮮半島の生活をビッグバン的に向上させた事実を隠す事
ですね。それにしても創作が出来なかったのか、肝心のノルウェー人の
コメントがないなぁ(笑)
私は度々指摘していますが、ノルウェーは20世紀初頭、スウェーデンからの
独立を果たします。この時の立役者がフリチョフ・ナンセン。アムンゼンが
南極点到達を果たす前に北極点探検(失敗)をした人。二人が使った船
“フラム号”つながりで知っているんですがね。
>1905年、デンマークの王子を国王に迎え入れたノルウェーは、スウェー
デンとの同君連合を解消して完全独立を達成しました。宗主国たる
スウェーデンは、この動きを特に妨害しようとはしなかったので、この
独立は平和的に達成されました。しかし(中略)スウェーデン政府は
一応、武力で独立運動を鎮圧する準備はしていたし、ノルウェーの方も、
スウェーデンとの境界線の防衛を強化していたので、軍事衝突に至る
可能性は十分にあったのです。日本では北欧史に関する書物にナンセンの
名が載ることは稀ですが、彼がノルウェー独立運動において果たした
役割は地味ながら非常に重要なものでした。まず、独立運動の成功には
“主要国の了解”が不可欠なのですが、時は帝国主義、植民地主義の
時代。イギリス、フランスなどの列強は皆、「独立」というものには
冷淡でした。国際連盟のような小国も発言できる国際舞台もまだありま
せん。しかし、ヨーロッパ会議(中略)の様な排他的な「列強クラブ」も、
ナンセンのような著名人には門戸を開かざるを得ず、マスコミもナンセン
の手になる寄稿となれば掲載せざるを得ない。ナンセンは著名人である
ことを最大限に利用して、列強各国(中略)の政治家や国民の間に、
ノルウェー独立運動に対する好意的な世論を作り出すことに尽力し、成功
しました。更に、独立に向けたノルウェーとスウェーデンの世論の調整
にも重要な役割を果たしています(中略)。おかげでもって、独立の賛否を
問うノルウェーの国民投票では、投票総数37万票のうち、反対は200票
ほどだったといいます。
(引用部に編集あり、ネタ元はこちら)
http://matsumat.hp.infoseek.co.jp/hero3/hero3_003.htm
紙面の関係で端折りますが、ノルウェーは14世紀末から王家が絶え独立を
失い、20世紀初頭にデンマーク王家から王を向かえ主権を回復しますが、
そこまでの長い道のりを、力を蓄え、独立の気運を高め国内の意見統一を
し、国際社会でも発言力を持つリーダーの登場を辛抱強く待ちました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8E%E3%83%AB%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%83%BC
朝鮮半島にそれがあったとでも?
これは メッセージ 147432 (elgfaret さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/ffckdca4h4z9qa4n5doc0a4n9adbel_1/147453.html