教科書も教える鬼畜日帝
投稿者: kim_taek_joo 投稿日時: 2009/05/06 19:38 投稿番号: [144779 / 230347]
Ⅶ-1-(1)
民族の受難
国権の被奪
「露日戦争が起きた時、大韓帝国は両国の戦争にまきこまれないよう局外中立を宜言した。しかし戦略的橋頭堡を先に占領しようとする日帝の強要によって韓日議定書が締結され、ソウルをはじめとする軍事的要所と施設が占領された。続いて第一次韓日協約が強制的に締結された(一九○四)。これによって日本人によるいわゆる顧問政治が始まった。
日帝は露日戦争に勝利した後、より露骨に植民地化政策を推進した。すなわち、日帝は露日戦争に前後してイギリス、アメリカなどの列強より韓国の独占的支配が黙認されるようになると、乙巳条約の締結を追ってきた。
高宗皇帝の拒否で条約締結に失敗した日帝は、一方的に条約成立を公表しながら、大韓帝国の外交権を剥奪し、統監府を設置して内政権をも掌握した。これに対し高宗皇帝は国内外に条約の無効を宣言し、オランダのハーグへ特使を派遣したが、日帝によって強制的に退位させられてしまった。その後大韓帝国は軍隊まで解散させられ防衛力も失った。さらに言論、集会、出版の自由も蹂躙され、司法権と警察権を奪われた後、ついには国権まで強奪された(一九一○)。」
間鳥と独島
「一九世紀後半以後、韓民族は間島地方に大挙して移住し、開拓した。しかし清国が間島開墾事業を口実に韓民族の退去を要求してきたために間島帰属問題がおこった。政府では白頭山の定界碑の土門江が松花江の上流にあることを理由に、間島がわが領土であることを主張して、間島を成鏡道の行政区域に編入し管埋していた。
しかし乙巳条約でわが国の外交権を奪った日本は、満州の安奉線の鉄道敷設権を手に入れる代価として、間島を清回の領土として認める間島協約を清国との間に締結した(一九○九〉。
また、日帝は露日戦争中に独島〔竹島〕を日本領に編入するという不法行為を行なった。」
これは メッセージ 144777 (goodjapan48 さん)への返信です.
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