Re: 自爆糞脳
投稿者: topics_jk 投稿日時: 2009/03/29 21:59 投稿番号: [141871 / 230347]
>当時seaofjapanは日本が制海権を持っていました。極東艦隊は旅順の要塞の内に引き込み、日本は一隻でも外に出すまいと予防線を張っていました。
旅順陥落と共に極東艦隊は滅びますが、少なくとも竹島近辺にロシアが危害を及ぼすことは皆無だったのです。
ただ一度だけ竹島が戦場になる危機が訪れたとすれば、それはバルチック艦隊との決戦の時。それも一瞬で瞬滅しましたけど。
要は日露戦争の時期を通じて制海権を持っていた日本がアシカ漁をするのは可能だと思います。topics_jkさんが不可能だと思うのはどういう根拠に基づいているのでしょうか?
No.140327に書いてあるが、
1904年2月8日、日露戦争開戦、日本海軍は、ロシア艦隊早期発見する事により、不利な海上戦略を補完しうとした。
1904年7月5日、鬱陵島に望楼(見張り台)の設置を決定し、
1904年9月1日に、東望楼と西望楼を設置。その翌日より活動を開始した。
1904年9月30日には竹辺(韓国江原道)まで海底電線を通した。バルチック艦隊とウラジオストック艦隊の対馬海峡封鎖の脅威は、竹島望楼の必要性を高めた。
1905年1月5日、対馬号の艦長は、海軍省水路部長に対し、竹島望楼の設置が可能だとの報告を行った。
1905年1月28日、日本政府が竹島を編入。
1905年5月28日、バルチック艦隊に勝利
1905年6月13日
竹島漁猟合資会社設立
↑
要するに、竹島編入にアシカ漁云々は、何も関係ないといってるわけです。
これは メッセージ 141855 (monjujz さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/ffckdca4h4z9qa4n5doc0a4n9adbel_1/141871.html