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「従軍慰安婦問題」の正体 (3)

投稿者: hujisannrokuni 投稿日時: 2009/03/05 05:04 投稿番号: [138857 / 230347]
ただ結果論としていえば、日本政府は明らかにポリティカル・コレクトネス(政治的正義)の立場に立ったものとみられる。つまり日本政府は、「法的・原則的な正義」に優先する「政治的正義」として「強制連行容認」の考えを選択したのである。
問題を政治取引の結果とも、また外交交渉の失敗とも見ずに、積極的な国家意志として見るならば、そこにはっきりと、ポリティカル・コレクトネスの立場が見えているのではないだろうか。
となれば事態は、慰安婦問題とはまた別に、きわめて深刻な政治的・社会的問題を含んでくることになる。
  ポリティカル・コレクトネスは、いまのアメリカに主流を形成しつつある考え方である。その社会的な弊害を厳しく批判したアメリカの日本人ジャーナリスト   ナカコ・O・ザックさんによれば「ポリティカル・コレクトネスという考え方は、もともと欧米白人キリスト教徒社会の考え方や歴史観を絶対的な正義としてきたことへの反省から起こったもの」である。
  以後、それは日本での「差別語狩り」のような役割を果たしながら、やがて歴史的な法律・道徳・習慣・伝統などに照らしての正当性よりも、現在の人々が置かれている現実の政治的・社会的な状況に照らしての正当性を優先すべきだという考えとなって、一定の定着をみている。
  考え方だけをとればとても進歩的で立派なように思えるが、実際にはかなりおかしな現実を生み出すことになっている。たとえば「良心的」とされる市民派・進歩派の国会議員の不正を容認することにつながったり、マイノリティの犯罪を社会差別のせいにして許容したりする傾向となって現れている。それはまた消費者保護の名のもとに、メーカーに対する異常に身勝手な権利主張の容認ともなる。さらには女性の権利擁護の名のもとに、他愛ない性的冗談を大げさにセクハラと主張して裁くことが可能ともなる。
  そこに生み出されているのは、法や制度よりも「風潮が容認する正しさ」が優先される社会である。   日本政府が「朝鮮人従軍慰安婦」について法的・制度的な強制連行がなかったにもかかわらず「あった」と容認したことは、自主的なポリティカル・コレクトネスの選択だったかもしれないし、あるいは時代の「風潮が容認する正しさ」を受け入れたものだったかもしれない。
  いずれにしても、日本の政治と社会は「風潮が容認する正しさ」を優先する方向へと傾斜を強めたことを物語ってはいないだろうか。

  そもそも「朝鮮人慰安婦」問題の運動そのものが、最初から法や制度上の正義の獲得ではなく「風潮が容認する正しさ」の獲得を目的としたものではなかったのかという疑いが強い。(つづく)
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