北の将軍の素性
投稿者: mcpaghd9 投稿日時: 2005/10/24 21:02 投稿番号: [13155 / 230347]
通称、金聖柱(キムソンジュ)という男が、1940年初頭に
旧ソ連・ハバロフスクの軍管区にいた。
ソ連軍中国人旅団の大尉(33歳)だった。
ソ連軍は、満州戦、朝鮮占領に備え、5年間にわたり、
中国系朝鮮族、ソ連系朝鮮族、在ソ連中国人などを集め、
特別旅団(旅団長は中国人周保中)を作り、政治訓練を行っていた。
実態は、軍事のことは形だけで、体の良い「謀略・傀儡予備学校」だった。
恐らく、訓練を通じて適性選別を行っていたのだろう。
金聖柱(キムソンジュ)は、満州で育ち、満州内の
中国人学校を卒業。朝鮮族の一員とされるが、朝鮮語はつたなく、
中国語は当然ながら中国人と変わらない。
1931年に中国共産党に入党した。
日中戦争時から、その極東ソ連軍第八十八特別旅団
(旅団200名の内150名が中国人、残りが在ソ朝鮮族、
中国系朝鮮族出身者で構成、日常言語も中国語かロシア語が使われた)
に所属していた(何故、そこにいたのか、何のためかは今も不明)。
この金聖柱という男が本当は誰なのか今も分かる者はいない。
朝鮮北部で生まれ、満州で育ったことになっているが、
親戚、学友なども実際には現れたことはなく、幼時を知るものもない。
同僚の兪成哲(ユソンチョル、在ソ連朝鮮族出身)は、
後の59年代にソ連に亡命し、90年以降、金日成の正体、実態について
暴露した。彼によると、金聖柱という男は「狡猾で陰険、
ちょっとしたことでも恨みをもち、決して許さない性格。
豪放磊落を装うが、実際はほど遠い」と語っている。
ソ連軍は、金聖柱大尉を、ソ連軍の朝鮮進出、
38度線への南下と同時に連れて行き、そこで、朝鮮人の間で
1920年代から伝説として言い伝えられてきた金日成将軍は
実在したことにし、本人として名乗らせ、傀儡化する計画だった。
が、まず、金聖柱は、現地のソ連軍から適格性を疑われる。
第二十五軍軍事委員レベジェフ少将の回想によれば、
金聖柱はレベジェフに会うとすぐ、「司令官、私たちも
ソ連第二十五軍とともに日本との戦争に参戦、激戦を経たことに
していただきたい。戦ったことにしておいて下さい」と何度も懇願したという。
レベジェフは彼の懇願にもかかわらず厳しく拒絶した。
「朝鮮人が一切戦わなかったことは誰しも知っていた。
そんな虚栄をはればすぐに発覚するだけだと思った。
この男で大丈夫かと不安になった」
また、金聖柱がロシア語もろくにしゃべれないことにも
不信感をもった。会話をするのに通訳が必要だった。
兪成哲と北朝鮮進駐ソ連軍の宣伝担当将校レオニード・ワシンも
後に揃ってこう証言している。
「ソ連側は気づいていなかったが、実は金聖柱は朝鮮語が最も不得意で、
現地でも普段は兪成哲が命令などを現地の朝鮮人に伝えるのに
通訳していた。こんな男に金日成役がつとまるのだろうか?」
1945年10月、元々正体不明の自称金聖柱は、今度は朝鮮の平壌の
演説会場に現れ、「金日成将軍」として、初めて演説を行った。
だが、兪成哲やレオニード・ワシンらの不安は的中し、
会場は騒然となる。
1920年代に活躍したとされる将軍が30代のわけがない、
体裁も悪く、朝鮮語もろくにしゃべれない、こんな男がどうして
朝鮮人の将軍だというのか?単なるソ連の手先、傀儡ではないか?
会場には怒号さえきこえ、退席する人も相次いだ・・・・・・
その月以来、謎の金聖柱、自称金日成将軍はあまり表に出ず、
ひたすら党の中で権勢をふるい、傀儡としての仕事を果たしていく。
そして、中国側の将軍達も北朝鮮を訪問するようになり、
北朝鮮軍のほぼ半分が中国から「転籍した」、中国系朝鮮族の師団で
占められるようになると、「金日成将軍」は俄然元気になっていく。
彼にとっては「母国語」である中国語が自由に使え、
中国共産党と連絡が頻繁になると言われるがままに奔走した。
ロシア人の殆どは中国語が分からず、一体何が進行しているのか、
「金日成」が中国人と何を話しているのか、ほとんど分からなかった。
ソ連側もようやく、「騙されたのは、朝鮮民族だけではなく、
我々もこの小男に騙されていたのではないか・・・・」
と本当に不安になっていく・・・・・・
以来、59年間、突然、金日成として朝鮮に現れた、
金聖柱という男は一体何者なのか・・・・
いまだに正体不明だ。
旧ソ連・ハバロフスクの軍管区にいた。
ソ連軍中国人旅団の大尉(33歳)だった。
ソ連軍は、満州戦、朝鮮占領に備え、5年間にわたり、
中国系朝鮮族、ソ連系朝鮮族、在ソ連中国人などを集め、
特別旅団(旅団長は中国人周保中)を作り、政治訓練を行っていた。
実態は、軍事のことは形だけで、体の良い「謀略・傀儡予備学校」だった。
恐らく、訓練を通じて適性選別を行っていたのだろう。
金聖柱(キムソンジュ)は、満州で育ち、満州内の
中国人学校を卒業。朝鮮族の一員とされるが、朝鮮語はつたなく、
中国語は当然ながら中国人と変わらない。
1931年に中国共産党に入党した。
日中戦争時から、その極東ソ連軍第八十八特別旅団
(旅団200名の内150名が中国人、残りが在ソ朝鮮族、
中国系朝鮮族出身者で構成、日常言語も中国語かロシア語が使われた)
に所属していた(何故、そこにいたのか、何のためかは今も不明)。
この金聖柱という男が本当は誰なのか今も分かる者はいない。
朝鮮北部で生まれ、満州で育ったことになっているが、
親戚、学友なども実際には現れたことはなく、幼時を知るものもない。
同僚の兪成哲(ユソンチョル、在ソ連朝鮮族出身)は、
後の59年代にソ連に亡命し、90年以降、金日成の正体、実態について
暴露した。彼によると、金聖柱という男は「狡猾で陰険、
ちょっとしたことでも恨みをもち、決して許さない性格。
豪放磊落を装うが、実際はほど遠い」と語っている。
ソ連軍は、金聖柱大尉を、ソ連軍の朝鮮進出、
38度線への南下と同時に連れて行き、そこで、朝鮮人の間で
1920年代から伝説として言い伝えられてきた金日成将軍は
実在したことにし、本人として名乗らせ、傀儡化する計画だった。
が、まず、金聖柱は、現地のソ連軍から適格性を疑われる。
第二十五軍軍事委員レベジェフ少将の回想によれば、
金聖柱はレベジェフに会うとすぐ、「司令官、私たちも
ソ連第二十五軍とともに日本との戦争に参戦、激戦を経たことに
していただきたい。戦ったことにしておいて下さい」と何度も懇願したという。
レベジェフは彼の懇願にもかかわらず厳しく拒絶した。
「朝鮮人が一切戦わなかったことは誰しも知っていた。
そんな虚栄をはればすぐに発覚するだけだと思った。
この男で大丈夫かと不安になった」
また、金聖柱がロシア語もろくにしゃべれないことにも
不信感をもった。会話をするのに通訳が必要だった。
兪成哲と北朝鮮進駐ソ連軍の宣伝担当将校レオニード・ワシンも
後に揃ってこう証言している。
「ソ連側は気づいていなかったが、実は金聖柱は朝鮮語が最も不得意で、
現地でも普段は兪成哲が命令などを現地の朝鮮人に伝えるのに
通訳していた。こんな男に金日成役がつとまるのだろうか?」
1945年10月、元々正体不明の自称金聖柱は、今度は朝鮮の平壌の
演説会場に現れ、「金日成将軍」として、初めて演説を行った。
だが、兪成哲やレオニード・ワシンらの不安は的中し、
会場は騒然となる。
1920年代に活躍したとされる将軍が30代のわけがない、
体裁も悪く、朝鮮語もろくにしゃべれない、こんな男がどうして
朝鮮人の将軍だというのか?単なるソ連の手先、傀儡ではないか?
会場には怒号さえきこえ、退席する人も相次いだ・・・・・・
その月以来、謎の金聖柱、自称金日成将軍はあまり表に出ず、
ひたすら党の中で権勢をふるい、傀儡としての仕事を果たしていく。
そして、中国側の将軍達も北朝鮮を訪問するようになり、
北朝鮮軍のほぼ半分が中国から「転籍した」、中国系朝鮮族の師団で
占められるようになると、「金日成将軍」は俄然元気になっていく。
彼にとっては「母国語」である中国語が自由に使え、
中国共産党と連絡が頻繁になると言われるがままに奔走した。
ロシア人の殆どは中国語が分からず、一体何が進行しているのか、
「金日成」が中国人と何を話しているのか、ほとんど分からなかった。
ソ連側もようやく、「騙されたのは、朝鮮民族だけではなく、
我々もこの小男に騙されていたのではないか・・・・」
と本当に不安になっていく・・・・・・
以来、59年間、突然、金日成として朝鮮に現れた、
金聖柱という男は一体何者なのか・・・・
いまだに正体不明だ。
これは メッセージ 13150 (mcpaghd9 さん)への返信です.
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