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300人の朝鮮人を救ったある日本人

投稿者: elgfaret 投稿日時: 2008/12/22 04:50 投稿番号: [130404 / 230347]
◆関東大震災後:警察署長の朝鮮人保護を記した回顧録発見

  関東大震災(1923年9月1日)の直後、デマをきっかけに各地で多数の在日朝鮮人が虐殺される中、横浜市鶴見区の鶴見署に300人の朝鮮人を保護した大川常吉署長(当時46歳)と、神奈川県外への放逐を迫る町議員団との緊迫したやり取りを詳細に記した回顧録が、見つかった。同署長が朝鮮人を保護した逸話は地元では知られているが、当事者の記録が明らかになるのは初めてという。専門家も「歴史的に貴重な資料」と評価している。

  回顧録は、鶴見町(当時)の町議で医師だった渡辺歌郎氏(当時55歳)が第2次世界大戦前に書いた「感要漫録」全6巻。やりとりは、うち1冊に16ページにわたって登場する。渡辺氏の孫(74)が、横浜市の自宅を整理中に発見した。

  「朝鮮人団が略奪を繰り返し、少しでも抵抗すれば虐殺される」との話が飛び交う様子や、右の下腿(かたい)を骨折した朝鮮人に大勢の若者が暴行を加える現場の目撃談などを記した上で、渡辺氏ら町議団と大川署長の交渉が始まる。

  「率先して朝鮮人を取り締まり、不安を一掃すべき警察が、300人以上を保護するのは爆弾を懐に入れるようなものだ。朝鮮人が決起したら30人の署員で鎮圧できるのか」などと詰め寄る議員団。大川署長は「その話は根も葉もないデマ」と断言。「保護した朝鮮人の所持品検査をしたが、小刀一つなかった。収容後も従順で、握り飯に感謝し涙を流している。一度警察の手を離れたら、たちまち全部虐殺されてしまう。収容人員が増えても方針は変わらない」と譲らなかった。

  さらに「百聞は一見にしかず」と来署、確認を勧めた。これに応じた渡辺氏はデマと確信した。「誰が発したか分からない流言が何の関係もない朝鮮人の命を危険に追い込み、こちらも一時的に恐怖に陥ったことは、実におろかだと恥じるべきだ」と結んでいる。

  大川署長の死後の53年、在日朝鮮人の団体が鶴見区内にある署長の墓のそばに顕彰碑を建て感謝した。

  震災当時の朝鮮人虐殺に詳しい横浜市立大の今井清一名誉教授(近代政治史)は「身体検査の様子や議員との交渉過程が非常に具体的で信ぴょう性がある」と評価している。【安高晋】

毎日新聞   2005年7月3日   3時00分





関東大震災時の異常な狂気と蛮行が日本人にはあった。

「朝鮮人狩り」が説明されているこの回顧録が示すのは無数に昇る震災時の悲惨な朝鮮人の方々の死に様だろう。

俳優である千田是也氏は危うく朝鮮人に間違われて殺されるところだったとか。

福田村事件とは方言を話す地方の出稼ぎの日本人が朝鮮人に間違われて殺された。あるいは(聴覚障害者)も、朝鮮人に間違われて多くが殺された。

関東大震災と朝鮮人虐殺―80年後の徹底検証 (単行本)   山岸 秀 (著) は客観的な検証で話題になった。

震災当時の政府(司法省)の調査では233人、吉野作造の調査では2711人、あるいは6415人(「独立新聞」社長の金承学の調査)と幅が見られる。

しかし、この提示板でも見られる2割のネオナチ族の主張とは大方が当時の政府の出した300人未満の被害者を鵜呑みで信じる始末

80年以上も昔の出来事だ、生き証人なんていない。しかし数字を示せと言われれば3000ー6000人が妥当なところだろう。

日弁連の朝鮮人虐殺の負の歴史を直視し、日本の国に謝罪を求める「勧告」を求めても、行政からの返事は何もない。

まあ、検索すれば出るは出るは、数々の蛮行極まりない悲惨な虐殺の数々。

その事実から目を背ける現在の行政と過去に無知な日本人。

「過去は水に流す」ことが日本文化なのか?

悲しいことだ。

せめてもの救いは、300人の朝鮮人の命を救った日本人も存在したことだろうか。。。
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