Re: 私の声は、教科書に書かれている事実
投稿者: ouka1gou 投稿日時: 2008/12/21 14:56 投稿番号: [130279 / 230347]
危地外,キム、当然 これも出ているな。
「韓国は中国歴代王朝の先年属国である」
朝鮮の歴史を紐解くと、初期の高麗朝を除きほぼ全てに渡って中国歴代王朝の属国としての地位に甘んじてきた。
その有様は、事大主義(小国が大国に媚びへつらって生きていく主義)に代表されるように千年属国朝鮮の悲惨な姿を現している。
しかしながら当の朝鮮は事大主義に生きることを選択し、それを誇りとしているのだから何をかいわんやである。
朝鮮のこの事大主義は、時には何と朝貢を受ける中国王朝の方が、迷惑がる事もあった。
例えば、宋の時代に、宋王朝は北方の契丹人や女真人に国境を脅かされており、その為莫大な貢ぎ物を契丹人の遼王朝、女真人の金王朝へ送ることにより国境の安定を図っていた。ところが、こんな時代でも当時の朝鮮高麗王朝は、宋に対し朝貢と册封を要請したきたのである。自分から宋に朝貢させて欲しい、册封して欲しいと頼んでくるなど、これぞまさに筋金入りの属国根性である。宋王朝は先の北方の強国から誤解を受けかねないと、この朝鮮の朝貢に難色を示したことが当時の史書に記されている。
さらに朝鮮の事大主義は益々エスカレートしていく。高麗王朝から王位を簒奪し、李氏朝鮮初代の王となった李成桂は、王位につくやすぐさま、当時誕生したばかりの明王朝に伺いを立て国号を決めて貰っている。この時、李成桂は、箕氏朝鮮の旧号「朝鮮」と李成桂の生地「和寧」の二つの名前を持ち出し、明の太祖の朱元璋から「朝鮮」の国号を使うことを許されている。
世界史の中で様々な国が存在するが、他国に自国の国号を決めて貰った国など、後にも先にも朝鮮ただ一カ国である。
本来ならこの一時を持って、朝鮮が中国の属国であった事を、何よりも物語っているのだが、韓国人はこれでもまだ朝鮮が中国の属国であったことを認めないのである。
さて、韓国人が誇るものの中に「東方礼儀の国(邦)」とういう朝鮮を指し示す言葉がある。
この言葉の本当の意味を知っている韓国人は少ないのだが、これは中国王朝から朝鮮へ贈られた言葉である。
即ち、中華の天子へ忠実に諸侯の礼を尽くしてきた朝鮮へ中国が上記の「東方礼儀の国」という言葉を贈ったのである。
直訳すれば「中国の属国として礼節を尽くした国」という意味なのだが、この意味を韓国人は全く理解していないのが、皮肉である。
中国王朝の属国における歴代国王は、原則皇帝の臣下と見なされる。朝鮮国王は中国皇帝によって任命され、中国の朝廷は朝鮮の王妃や王太子の廃立に至るまで、その権限を振るうことが出来たのである。
ちなみにこの当時、朝鮮を実質的に指揮監督していたのは、中国王朝の北洋大臣や直隷総督などである。
つまり国王というのは形ばかりのものであって、決して主権国家の元首として扱われていたのではないのである。
さらに朝鮮国王の中国王朝からの使節の出迎えは余りにも屈辱的である。
満州人の使節が来ると、朝鮮国王は自ら高官を引き連れて迎恩門まで歓迎に赴いて、地面にひざまずいて使節に敬意を表し、宴会を催し、芸を披露して接待しなければならなかった。王太子は慕華館(迎賓館)で使節に酌の礼をするのが最大の役目だった。
ここまでくればこれ以上の説明は必要ないだろう。誰がどう見ても朝鮮は、中国の属国若しくはそれ以下の扱いを受けていたのである。現実に韓国以外の各国では歴史の教科書で、朝鮮関連の記述(これ自体殆ど記述されていないのだが)において、全て例外なく「朝鮮は中国の属国であった」と記している。
韓国が敬う中国でさえ朝鮮が中国歴代王朝の属国であったと明示している。
韓国よく引き合いに出す亜細亜のみならず世界各国が朝鮮は中国の属国であると認めているだ。
こんな国の居留能無し在日が、日本人と対等にしようとする嘘が災いを広げ、深くする。
「韓国は中国歴代王朝の先年属国である」
朝鮮の歴史を紐解くと、初期の高麗朝を除きほぼ全てに渡って中国歴代王朝の属国としての地位に甘んじてきた。
その有様は、事大主義(小国が大国に媚びへつらって生きていく主義)に代表されるように千年属国朝鮮の悲惨な姿を現している。
しかしながら当の朝鮮は事大主義に生きることを選択し、それを誇りとしているのだから何をかいわんやである。
朝鮮のこの事大主義は、時には何と朝貢を受ける中国王朝の方が、迷惑がる事もあった。
例えば、宋の時代に、宋王朝は北方の契丹人や女真人に国境を脅かされており、その為莫大な貢ぎ物を契丹人の遼王朝、女真人の金王朝へ送ることにより国境の安定を図っていた。ところが、こんな時代でも当時の朝鮮高麗王朝は、宋に対し朝貢と册封を要請したきたのである。自分から宋に朝貢させて欲しい、册封して欲しいと頼んでくるなど、これぞまさに筋金入りの属国根性である。宋王朝は先の北方の強国から誤解を受けかねないと、この朝鮮の朝貢に難色を示したことが当時の史書に記されている。
さらに朝鮮の事大主義は益々エスカレートしていく。高麗王朝から王位を簒奪し、李氏朝鮮初代の王となった李成桂は、王位につくやすぐさま、当時誕生したばかりの明王朝に伺いを立て国号を決めて貰っている。この時、李成桂は、箕氏朝鮮の旧号「朝鮮」と李成桂の生地「和寧」の二つの名前を持ち出し、明の太祖の朱元璋から「朝鮮」の国号を使うことを許されている。
世界史の中で様々な国が存在するが、他国に自国の国号を決めて貰った国など、後にも先にも朝鮮ただ一カ国である。
本来ならこの一時を持って、朝鮮が中国の属国であった事を、何よりも物語っているのだが、韓国人はこれでもまだ朝鮮が中国の属国であったことを認めないのである。
さて、韓国人が誇るものの中に「東方礼儀の国(邦)」とういう朝鮮を指し示す言葉がある。
この言葉の本当の意味を知っている韓国人は少ないのだが、これは中国王朝から朝鮮へ贈られた言葉である。
即ち、中華の天子へ忠実に諸侯の礼を尽くしてきた朝鮮へ中国が上記の「東方礼儀の国」という言葉を贈ったのである。
直訳すれば「中国の属国として礼節を尽くした国」という意味なのだが、この意味を韓国人は全く理解していないのが、皮肉である。
中国王朝の属国における歴代国王は、原則皇帝の臣下と見なされる。朝鮮国王は中国皇帝によって任命され、中国の朝廷は朝鮮の王妃や王太子の廃立に至るまで、その権限を振るうことが出来たのである。
ちなみにこの当時、朝鮮を実質的に指揮監督していたのは、中国王朝の北洋大臣や直隷総督などである。
つまり国王というのは形ばかりのものであって、決して主権国家の元首として扱われていたのではないのである。
さらに朝鮮国王の中国王朝からの使節の出迎えは余りにも屈辱的である。
満州人の使節が来ると、朝鮮国王は自ら高官を引き連れて迎恩門まで歓迎に赴いて、地面にひざまずいて使節に敬意を表し、宴会を催し、芸を披露して接待しなければならなかった。王太子は慕華館(迎賓館)で使節に酌の礼をするのが最大の役目だった。
ここまでくればこれ以上の説明は必要ないだろう。誰がどう見ても朝鮮は、中国の属国若しくはそれ以下の扱いを受けていたのである。現実に韓国以外の各国では歴史の教科書で、朝鮮関連の記述(これ自体殆ど記述されていないのだが)において、全て例外なく「朝鮮は中国の属国であった」と記している。
韓国が敬う中国でさえ朝鮮が中国歴代王朝の属国であったと明示している。
韓国よく引き合いに出す亜細亜のみならず世界各国が朝鮮は中国の属国であると認めているだ。
こんな国の居留能無し在日が、日本人と対等にしようとする嘘が災いを広げ、深くする。
これは メッセージ 130264 (kim_taek_joo さん)への返信です.
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