Re: 醜い朝鮮人.民族同士の闘争の歴史 ②
投稿者: cobapjcs0506z 投稿日時: 2008/12/03 09:03 投稿番号: [127672 / 230347]
1966年から71年まで韓日協定にともなう「永住権申請運動」を
全組織をあげて推進、朝鮮総連の妨害をはねのけ、
有資格者56万人中36万5千人の申請をはたした。
1970年の大阪国際万国博覧会でも後援会を結成し、
「韓国館」の建立を支援するとともに1万人にのぼる
本国同胞を招請した。
1972年の7・4共同声明は、祖国の平和統一にむけて、
その基本精神を積極的に支持した。
しかし、その後の北韓の不誠実極まりない姿勢によって
実現にはいたってはいない。
「セマウル運動」の時には、150個所の農村と姉妹血縁を結び、
祖国の農村の発展に大きく寄与している。
青年達により、セマウムシムキ運動へと発展する一方、
「セ民団運動」として、組織強化運動に結びつけた。
1975年からは、「総連系同胞の母国訪問団事業」を実現させた。
これまでに、約4万5千人以上の総連系同胞がこの事業を通じて、
韓国を訪問し肉親との再会を果たしている。
本団の主張と運動の正しさが証明された事業として、
内外から大きな評価をうける一方、組織拡大の契機となった。
また、この時期に、政府公館が日本の各地に設置されましたが、
本団は、積極的に支援している。
これは メッセージ 127670 (cobapjcs0506z さん)への返信です.
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