▼▼社会は生き物(情)、法ではない▼▼
投稿者: fff2252 投稿日時: 2008/11/27 22:30 投稿番号: [126873 / 230347]
>現行法の機械的適用だけで万事適正に解決するなどという発想は、社会を生き物として捉えていない証拠であり、法の形骸を所与のものとしか考えられない馬鹿どもは、北朝鮮的教育の産物であろう。
そうだな。帰化した北朝鮮人と韓国人が日教組を組織し、日本人を教育した結果だろう。
【全世界の常識を教えよう】
良くあるアメリカという多民族国家の実例:
非常に悪い人間が町に居たとする(日本で言うところの在日韓国人の事)。
その人間の名前を仮にKIMとしよう。
KIMはある日、悪い事をした(例えば在日に良くあるレイプ、詐欺、強盗、暴力など)際、街の正義心の強い若者が立ち上がり、KIMを殺した。
誰もが町で知っているのだが、法廷では目撃者はたった一人すら出なかった。
【モラルとは、法律の上を行くものであり、法律は何の意味も持たない】
良く最近の法律番組で日本人はだまされていますが、法律は100%意味を持たないものなのです。
モラルの前では。
だからこそ、陪審員制度というのがあるのです。
陪審員制度とは、「誰がどうみても、被害を受けた人間が可愛そう!」となった場合、厳しい判決を犯罪者に下すというものです。
この時、陪審員は法律に沿って判断を下すのではなく、先祖代々の(その国民が持っている)モラルと倫理で判断を下すのです。
先の話に戻りますが、町の青年が悪質な人間(在日韓国人の事)を殺しても、誰一人目撃者が出なかった。またこの状況下では、悪質な人間(在日韓国人の事)に同情する陪審員は一人も居ない。
結果、疑惑のある青年は無罪となるのです。
↑常識でしょう。
反論ある???
これは メッセージ 126865 (markyoshiweek さん)への返信です.
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