朝鮮人の伝えた技術と文化
投稿者: elgfaret 投稿日時: 2008/11/19 20:07 投稿番号: [125660 / 230347]
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渡来人の伝えた技術と文化
4〜5世紀に韓(朝鮮)半島からやってきた渡来人は、須恵器という固くて美しい焼物や、馬に乗る技術や道具、最新式の鉄器を倭(日本)にもたらしました。特に韓鋤や韓鍛冶と呼ばれるU字型をした鉄の農機具は、開墾や農作業の能率をあげ、渡来人の秦氏や漢氏が広い地域を支配するのにも役立ちました。この頃から、倭では馬を飼うことがはじまり、鉄製の甲冑等の武器が使われ、巨大な古墳がつくられます。そして支配者の力が強くなっていきますが、その支配者のほとんどは新しくこの時代に韓(朝鮮)からやってきた渡来人だったと考えられています。
5〜6世紀にやってきた渡来人は、文字・暦学・医学・儒教・仏教・政治制度等の新しい文化や技術を伝え、倭を大きく変えていきました。
660年に百済が滅ぶと、倭は全力をあげて救援の軍を送り、それが失敗すると百済から逃げてきた渡来人に対して、土地や貴族の位を与えて歓迎します。その中には、大臣や次官、そして軍隊の将軍にあたる倭国の中心となる役職につくものもあらわれました。
722年に書かれた「続日本紀(しょくにほんぎ)」の前書きによると、飛鳥地方の住民のうち、8〜9割は百済からきた渡来人の一族で、その他の人は1〜2割であるということです。都に住む人の8〜9割が百済人というのが、当時の倭国の姿だったのです。
「都に住む人の8〜9割が百済人というのが、当時の倭国の姿だった」?
そうだよね
あの当時の倭の国なんて
野蛮な海賊しかいなかった
朝鮮人は、文字・暦学・医学・儒教・仏教・政治制度等の新しい文化や技術を伝え、倭を大きく変えた
いわば、古代の日本列島を改造したのは朝鮮人なり
朝鮮半島からやってきた人々とその子孫たちこそ、「真の日本国」の立役者なり
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