言論の自由
投稿者: netcitizenjp 投稿日時: 2002/09/09 12:46 投稿番号: [1220 / 230347]
言論の自由といるのは「表現者が自己の自由において発言すること、発言した内容が不当な抑圧をうけないこと」であると思います。
政府による抑圧は表現者の表現の自由を奪うものであるのがあきらかですので、問答無用、なされるべきことではありません。
自己規制については、表現者が無視をした場合を仮定し、罰せられなければ問題はないでしょう。
自己規制に係る言論の自由というのは、発言者の選択であるに過ぎません。
しかしながら、あまりルールはないとは思いますが、首相の発言と平市民の発言はその発言の効力(権利行使の度合い)をわける意味で、へたな自己規制で読者の物事の軽重の判断を誤らせる行為を誘導してはならないものでしょう。
>ばらばらでもいいし、とにかく自由に発言することを認める、じゃましない、というザックバランな感覚をもてないかなあ??
ざっくばらんと言論の自由を一緒に話すのは好みませんね。
雰囲気はどのようであっても、目的のない議論は枝葉を広げるのみで、なんら意味のないものです。
目的のない発言は単なる雑談に過ぎません。そのような雑談ごとで重大な判断がされては政治も経済も文化も滅茶苦茶になります。
言論の自由は基本的に”表現する権利の行使”であり、同時に、義務を伴うものですから、その義務(とそこに伴うリスク)に無責任な者が行使しうるものではありません。無責任な言論の自由は目的の不明確な
権利行使という非常に怖い側面をもつものと認識すべきです。
資本主義のメディアというのは、読者に選択の読むかどうかの自由があります。
読まれないメディアは衰退するものです。
マスコミの体質というのは、過去の読者が醸成しているものというのでしょうし、また興味本位で無責任な権利意識の産物なのです。
これは メッセージ 1218 (happyskay200 さん)への返信です.
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