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Re: バナナ品切れ大騒動 

投稿者: zaougongenninety 投稿日時: 2008/10/15 13:51 投稿番号: [121092 / 230347]
文脈を良く見て反論しろよ。
おれは、こう書いたぞ。

>>別に、バナナが体に良いのは間違いではないので、

君程度の人間にとやかく言われる覚えはないよ。
君には関係ないことだ。>>

バナナが体に悪いんだったら、問題だが、

体にいいんだったら、むしろ良い傾向じゃないのか?といいたいのだよ。

マスコミに踊らされるのは、確かにこの国の傾向としてある。
しかし、他国でもそういう傾向はあるのではないのかい?
日本人だけの特色ではなかろうに。

では聞くが、君は、今まで一度もマスコミに影響されたことはないのかい。
現代社会で生きていく以上、それは、不可能だろう?

だから、君にそんなこと言われる筋合いがないと言っているのだよ。

そんなことするひまがあったら、君のへたくそな英語をもっと向上させたまえ。

別に英語で議論しても良いのだよ?

それから、

>的を射た

本当は、「的を得た」が正解。
「的を射た」は、誤用がまかり通ったもので、
中国の原典では「的を得た」が正解です。
「的を射た」は、「的を狙って撃った」の意味。
的に当てることを「的を得た」という。

宗主国の中国の原典を知らない君は、勉強不足だね。

以下参照
・的を得る」 という比喩的表現は、中国古典 『大学』 『中庸』 にある 「正鵠 (せいこく) を失する」 から来ている。「正鵠」 とは、弓道の的の中心にある黒星のことだ。正鵠から外れることを 「失する」 といい、当たることは 「正鵠を得る」 という。

「得」 という字には、元々 「当たる」 という意味がある。

いつのまにか、「正鵠」 という言葉が 「的」 に置き換わり、それとともに 「得る」 が 「射る」 になってしまったが、比喩的表現としての 「的を射る」 というのは、即物的でつまらない気がする。

なるほど。さらに、私なりに補足させてもらうと、次のようになる。

「射る」 という動詞は、「的に向かって矢を放つ」 という 「行為」 を表すが、射ても、すべて的に当たるとは限らない。つまり、「射る」 ことと 「当たる」 ことは、厳密にはイコールではなく、微妙に別の問題だ。

比喩的表現としての重要ポイントは、「射た」 という 「意図/行為」 ではなく、実際に的に 「当たった」 という 「結果」 なのだ。だから、厳密なことをいえば 「的を射た」 つもりで表現しても、実際にはピンぼけだったとしたら、「正鵠を失する = 得ていない」 ということになる。

こうしてみると、「得」 という字に 「当たる」 という意味があるのだから (手元の三省堂 『携帯新漢和辞典』 でも確認済み)、「的を得た○○」 の方が、表現として由緒正しいばかりでなく、より正確で論理的であるとさえいえる。

中谷臣氏の説を紹介したブログのコメントに、"「正鵠」 は 「得る」 ものでも、「的」 は 「射る」 ものだ" という趣旨の反論があるが、それは論理性をもたない。「射て、当たること」 が 「得る」 ということであるのは、「正鵠」 でも 「的」 でも変わらない。

これで、これまで感じてきた 「的を射た○○」 という表現の 「ぎこちなさ」 の正体がつかめた気がする。表面的にはもっともらしいが、実はちょっとだけ中途半端なところが残っているのだ。

http://tak-shonai.cocolog-nifty.com/crack/2006/03/__51fb.html

分かった?「的を射る」では、「撃ったけども、あたったかどうかわからない」状態だ。

きみが、「的を射た」と言ったから。まさに「外れた可能性も含んだ」批判という意味にもなる。

そして、私のコメの一部を持って反論しているわけだから、
まさに「的を射て、失する」発言な訳だ。

言葉に対して勉強不足。
これでは君は今後日本人の英語のことを批判する資格がない。
よく分かった?
韓国ローカル英語の使い手、韓国でしか通用しない世界人くん。
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