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Re: 朝鮮人民軍の犬markyoshiweekよう

投稿者: rie2376 投稿日時: 2008/09/24 07:38 投稿番号: [118374 / 230347]
>あのな、薩摩も長州も砲撃で廃墟となり
>幸福したから上陸したの

無知とは恐ろしい、朝鮮教科書では
そう教えているのか、総連の手先

これは私が書いた一文で、事実に基づいている


         薩英戦争


幕末に開国した日本は、欧米列強から
通商条約の締結を求められ、江戸や横浜には
諸国から派遣された外交官達が居住していた

中でも英国は、世界最強と詠われた軍事力を
背景に日本に対し、強硬な外交を展開していた

不平等条約、居住地の拡充など

幕府も、アジア諸国を次々と植民地化する
英国を警戒し、要求を呑まざるを得なかった

そうした中、横浜で思わぬ事件が持ち上がる

薩摩藩の大名行列の前を、数人の英国人が
乗馬のまま横切り、警護の兵に切りつけられ
四人が死傷するという騒ぎになった

いわいる生麦事件である

これを聞いた公使ラザフォード、オール
コックは激怒する

世界に冠たる女王陛下の民が
東洋の辺地で傷つけられた

何たる無礼、断じて許せぬ!

英国は幕府と薩摩藩に莫大な賠償金を要求する
幕府はこれに屈し支払いに応じる、しかし
薩摩は非は相手にあると、頑として受け入れ
なかった

藩主、島津久光は家臣に向かい敢然と言い放つ

夷狄の申しよう、構うべからず
我が薩摩は、隼人の国なり!

業を煮やしたオールコックは、十二隻の
軍艦と共に薩摩に向かい、威嚇行動により
薩摩の恭順を引き出そうとする

しかし、この事態を予測していた薩摩藩は
鹿児島湾に八十四門の砲台を築き、英国艦隊を
待ち受けていた

戦端は、薩摩側の一発の砲弾から開かれた

いざ戦いが始まると、互いに砲弾を打ち合い
一進一退となり、どちらも消耗が激しかった

激戦の中、オールコックが乗る旗艦ユーリア
ラス号に砲弾が命中し、艦長、副長を始め
多くの水兵が死傷した

これを見て英国艦隊は江戸に引き揚げ、薩摩は
危機を乗り切る、しかし無傷とはいかず
飛行距離の長いアームストロング砲の爆撃を受け
城下は火の海となった

この薩英戦争の後、両者は一転手を結ぶ

互いに相手の力量を認め、戦うより友好を結び
利用しようと考えたのである

その頃のオールコックの日記に、こう記されている

我々は恐ろしい敵と戦った、こんな事は
他のアジア諸国では経験がない

日本とは戦わず、友好を結ぶのが得策である

薩摩は英国から軍艦、武器を輸入し、力を蓄え
維新の立役者となり、英国も日本における
発言権を増し欧米の中で、日本との貿易量が
最大となった

長年アジア諸国を歴任してきた外交官、
オールコックは退任後、日本文化の研究と
紹介に生涯を費やした

著書、大君のいる都、にこんな一節がある

横浜まで散歩してみよう、策略から離れて
日本の風景に目を転じると、身も心も爽やかだ

その自然は、世界のどんな土地より神聖である

日本に対し強硬だったオールコックも、晩年は
日本に深い敬愛の念を持ち続けた

日英同盟も、こんな所に要因があったのかも
知れない
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