日帝から賠償金をせびる資料を見つけたニダ
投稿者: aopbnwat 投稿日時: 2008/09/09 09:47 投稿番号: [116642 / 230347]
▲日本軍人の不当な朝鮮人処刑を知らせた朝鮮駐在ドイツ公使コンラッド・フォン・ザルデルンの報
告が載っている外交文書。
韓日併合前の1904年、日本軍が鉄道物資を盗んだという理由で朝鮮人を正当な裁判なしに残酷に銃殺
する場面を撮った写真と、日本軍のこのような不当な処刑が全国的に行われていると指摘した当時の
ドイツ政府の外交文書が発見された。
チョン・サンス(44)明智大人文科学研究所研究教授は8日「先月、ドイツ外交部政治文書保管所で1904
年9月末、日本軍が3人の朝鮮人を銃殺したことと係わる8枚の写真とともに、この銃殺が誤りであるこ
とを本国に報告した朝鮮駐在ドイツ弁理公使コンラッド・フォン・ザルデルン(Konrad von Saldern)
の報告書を捜し出した」と明らかにした。
この写真の中で銃殺場面を載せた5枚は、1904年12月フランス週刊誌<ラ・ピ・イルルィストーレ>に載
ったものが2005年に確認されたが、銃殺場に引かれて行く場面などを撮った写真3枚と銃殺の不当性を
指摘した外交文書が公開されたのは初めてだ。
ザルデルン公使は1904年10月22日、写真8枚とともに本国外交部に送った報告書で「1904年9月末、日
本軍が咸境道地域で鉄道物資を盗んだという理由を聞いて農民をつかまえ、公開処刑をしている場
面」という写真説明を残した。彼は「日本軍は国際法上の戦時権によって敵国のスパイとして行動し
たという証拠があれば、中立国(朝鮮)国民でも処罰することができる、という根拠をあげたが、処刑
された人々は政治的理由(ロシアへの協力)ではなく、生計の役に立つと考えて行った行為」と明らか
にした。
当時、日本はロシアとの戦争のために咸境道地域で軍政を実施していたとザルデルン公使は付け加え
た。彼は「何らの政治的理由もなく、国内裁判に回付せずに農民を銃殺したと把握される」とし、そ
の数日前に週末訪問した平北安住でも、日本軍の電信線を切った農民を処刑したことを目撃したと報
告した。
ザルデルン公使は引き続き「全国のあちこちで行われたこのような良民虐殺に対して、形式的な統治
権を保有している大韓帝国政府が抗議を申し立てたが、3万人の兵力を駐屯させた実質的な支配者日本
は、これを受け入れないで、良民虐殺をほしいままにした」と明らかにした。
チョン・サンス教授は「1910年、韓日併合が成り立つ前に行われた日本のこのような行為は、国内法
は勿論、国際法にも違反する事例と見られる。1965年、韓日協定で決めた植民支配賠償(対象期間1910
〜45年)とは違う次元で賠償要求が可能か、計算して見なければならないだろう」と述べた。
ハン・スンドン先任記者
ソース:ハンギョレ新聞(韓国語)日本1904年良民虐殺恣行外交文書公開ドイツ公使
>これを見ると、鉄道物資を盗んだ朝鮮人を日本軍が捕まえて、公開処刑したと言うように読み取れるのだが、確かに、公開処刑までするほど悪質だったかどうかの問題はあるにせよ、朝鮮人が盗みを働いた事は事実のようだから、その盗人を「良民」扱いし、その盗人を処刑した日本軍は国際法に違反しているから、賠償要求金額を計算し直すなどと言うのは、余りにも無茶苦茶な話である。
要は日本から金が欲しいだけであり、その為の口実を探すために色々と資料をあさっているいるようだ。
日本としては、このような言い掛かりに対し、確りと反論して欲しいものだ。
告が載っている外交文書。
韓日併合前の1904年、日本軍が鉄道物資を盗んだという理由で朝鮮人を正当な裁判なしに残酷に銃殺
する場面を撮った写真と、日本軍のこのような不当な処刑が全国的に行われていると指摘した当時の
ドイツ政府の外交文書が発見された。
チョン・サンス(44)明智大人文科学研究所研究教授は8日「先月、ドイツ外交部政治文書保管所で1904
年9月末、日本軍が3人の朝鮮人を銃殺したことと係わる8枚の写真とともに、この銃殺が誤りであるこ
とを本国に報告した朝鮮駐在ドイツ弁理公使コンラッド・フォン・ザルデルン(Konrad von Saldern)
の報告書を捜し出した」と明らかにした。
この写真の中で銃殺場面を載せた5枚は、1904年12月フランス週刊誌<ラ・ピ・イルルィストーレ>に載
ったものが2005年に確認されたが、銃殺場に引かれて行く場面などを撮った写真3枚と銃殺の不当性を
指摘した外交文書が公開されたのは初めてだ。
ザルデルン公使は1904年10月22日、写真8枚とともに本国外交部に送った報告書で「1904年9月末、日
本軍が咸境道地域で鉄道物資を盗んだという理由を聞いて農民をつかまえ、公開処刑をしている場
面」という写真説明を残した。彼は「日本軍は国際法上の戦時権によって敵国のスパイとして行動し
たという証拠があれば、中立国(朝鮮)国民でも処罰することができる、という根拠をあげたが、処刑
された人々は政治的理由(ロシアへの協力)ではなく、生計の役に立つと考えて行った行為」と明らか
にした。
当時、日本はロシアとの戦争のために咸境道地域で軍政を実施していたとザルデルン公使は付け加え
た。彼は「何らの政治的理由もなく、国内裁判に回付せずに農民を銃殺したと把握される」とし、そ
の数日前に週末訪問した平北安住でも、日本軍の電信線を切った農民を処刑したことを目撃したと報
告した。
ザルデルン公使は引き続き「全国のあちこちで行われたこのような良民虐殺に対して、形式的な統治
権を保有している大韓帝国政府が抗議を申し立てたが、3万人の兵力を駐屯させた実質的な支配者日本
は、これを受け入れないで、良民虐殺をほしいままにした」と明らかにした。
チョン・サンス教授は「1910年、韓日併合が成り立つ前に行われた日本のこのような行為は、国内法
は勿論、国際法にも違反する事例と見られる。1965年、韓日協定で決めた植民支配賠償(対象期間1910
〜45年)とは違う次元で賠償要求が可能か、計算して見なければならないだろう」と述べた。
ハン・スンドン先任記者
ソース:ハンギョレ新聞(韓国語)日本1904年良民虐殺恣行外交文書公開ドイツ公使
>これを見ると、鉄道物資を盗んだ朝鮮人を日本軍が捕まえて、公開処刑したと言うように読み取れるのだが、確かに、公開処刑までするほど悪質だったかどうかの問題はあるにせよ、朝鮮人が盗みを働いた事は事実のようだから、その盗人を「良民」扱いし、その盗人を処刑した日本軍は国際法に違反しているから、賠償要求金額を計算し直すなどと言うのは、余りにも無茶苦茶な話である。
要は日本から金が欲しいだけであり、その為の口実を探すために色々と資料をあさっているいるようだ。
日本としては、このような言い掛かりに対し、確りと反論して欲しいものだ。
これは メッセージ 1 (the_rich_and_smooth さん)への返信です.
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