こんな旅館もあるんですね
投稿者: yuukounanteyumenomatayume 投稿日時: 2008/09/03 21:54 投稿番号: [115852 / 230347]
まぁ、私はこの旅館には一生、泊まることはないでしょうから安心ですが・・・
山形県に行くこともないでしょうから・・・
でも、純粋に好奇心からこの旅館の名前が知りたい・・・・韓国フリークとして。
日本伝統旅館の韓国人女将ウ・ミスクさん
「アンニョンハセヨ。たみや旅館の女将、ウ・ミスクです」桜の模様の着物を着た女性が韓国語を話した。
ウ・ミスクさん(46)は、日本の山形県にある温泉旅館の女将を務めている。
ウさんは日本唯一の韓国人女将だという。
旅館文化を紹介しようと2日、ソウルで行われた「女将イン・コリア」イベント参加のため久々に故国を訪れた彼女に会った。
女将経歴6年目になる彼女は13年前、事業をする友達に付いて日本を訪れた。韓国語講師やホテルの従業員として働く中、友達の紹介でご主人の今野浩志さん(40)に会った。彼は旅館の後継者だった。
「私が温泉が好きだと言ったら自分の家が温泉をしていると言いました。結婚すれば一生ただ温泉に入れると思ったのですが、女将をすることになるとは…だまされましたよ」
1300年を超える由緒ある旅館の女将への道はたやすいものではなかった。日本人も難しいという女将を韓国人が務められるのかという結婚後の不安を消すことから始めなければならなかった。
「まず嫁ぎ先の反対がひどかったんです。私の家柄を調べるために祖母と叔母たちまで訪韓し、どんな家の娘なのか調べていったようです」結局「親戚と縁を切ってもいいから一緒になってほしい」と言った夫が心強い支えになり、2003年、結婚した。
その後、今野浩美という名前で若女将として生活をしながら韓国人として恥じないよう、歯を食いしばって務めてきた。着物の着つけ方から生け花、茶道、料理に至るまで学ぶことだらけだった。朝6時起床、着物に着替えて仕事を始めれば夜の9時を軽く超えるまで働く忙しい毎日だ。初めは従業員の態度も厳しく、気苦労が多かった。
「わざわざ風呂場の掃除や料理まで直接しました。笑い声も小さくしたりして常に慎重にふるまい、注意に注意を重ねました」
1つの漢字で多くの読みをもつ日本式漢字に慣れなくて、お客様の名前を間違って呼ぶことも多かった。また男・女の浴場が変わる日本旅館の特性もよく知らず、男湯に掃除しに入るなどのミスもした。そんな苦労の末、ようやく従業員と家族たちから認められるようになった。
昨年は高血圧で倒れた客をかついで病院に行った。その客はその後も訪れては感謝の意を伝えているという。
そんな嫁を見て姑は先月初め、正式な女将の地位を譲った。お客様の食べ物の趣向をあらかじめ把握してお客様に直接応対することまですべて彼女が全面に出て指揮するようになったのだ。日本の漬物は必ず直接つける。梅干しが得意だ。年配の客が「あ、これこそおふくろの味だね」と言ってくれると気分がいいそうだ。
たみや旅館に韓国テイストを加味することが彼女の夢のうちのひとつだ。彼女の提案で食事にキムチを添えて出している。「伝統を変えるのは難しいですが、それでもお客様の反応がいいので胸がいっぱいです。お帰りになるとき、キムチをお土産として差し上げることもあります」今後、韓国伝統の螺鈿のタンスを部屋に置きたいという計画も立てている。
「韓国に置き換えて言うと宗家(本家)に嫁いだ感じです。誰かが嫁ぐと言えば止めますよ」言葉はそうでも、女将は自分の宿命だと感じるという。
「たまに私が旅館と結婚をしたのかと思うことがあります。それでもお客様の幸せそうな表情を見れば、大変さも忘れてしまいます」
山形県に行くこともないでしょうから・・・
でも、純粋に好奇心からこの旅館の名前が知りたい・・・・韓国フリークとして。
日本伝統旅館の韓国人女将ウ・ミスクさん
「アンニョンハセヨ。たみや旅館の女将、ウ・ミスクです」桜の模様の着物を着た女性が韓国語を話した。
ウ・ミスクさん(46)は、日本の山形県にある温泉旅館の女将を務めている。
ウさんは日本唯一の韓国人女将だという。
旅館文化を紹介しようと2日、ソウルで行われた「女将イン・コリア」イベント参加のため久々に故国を訪れた彼女に会った。
女将経歴6年目になる彼女は13年前、事業をする友達に付いて日本を訪れた。韓国語講師やホテルの従業員として働く中、友達の紹介でご主人の今野浩志さん(40)に会った。彼は旅館の後継者だった。
「私が温泉が好きだと言ったら自分の家が温泉をしていると言いました。結婚すれば一生ただ温泉に入れると思ったのですが、女将をすることになるとは…だまされましたよ」
1300年を超える由緒ある旅館の女将への道はたやすいものではなかった。日本人も難しいという女将を韓国人が務められるのかという結婚後の不安を消すことから始めなければならなかった。
「まず嫁ぎ先の反対がひどかったんです。私の家柄を調べるために祖母と叔母たちまで訪韓し、どんな家の娘なのか調べていったようです」結局「親戚と縁を切ってもいいから一緒になってほしい」と言った夫が心強い支えになり、2003年、結婚した。
その後、今野浩美という名前で若女将として生活をしながら韓国人として恥じないよう、歯を食いしばって務めてきた。着物の着つけ方から生け花、茶道、料理に至るまで学ぶことだらけだった。朝6時起床、着物に着替えて仕事を始めれば夜の9時を軽く超えるまで働く忙しい毎日だ。初めは従業員の態度も厳しく、気苦労が多かった。
「わざわざ風呂場の掃除や料理まで直接しました。笑い声も小さくしたりして常に慎重にふるまい、注意に注意を重ねました」
1つの漢字で多くの読みをもつ日本式漢字に慣れなくて、お客様の名前を間違って呼ぶことも多かった。また男・女の浴場が変わる日本旅館の特性もよく知らず、男湯に掃除しに入るなどのミスもした。そんな苦労の末、ようやく従業員と家族たちから認められるようになった。
昨年は高血圧で倒れた客をかついで病院に行った。その客はその後も訪れては感謝の意を伝えているという。
そんな嫁を見て姑は先月初め、正式な女将の地位を譲った。お客様の食べ物の趣向をあらかじめ把握してお客様に直接応対することまですべて彼女が全面に出て指揮するようになったのだ。日本の漬物は必ず直接つける。梅干しが得意だ。年配の客が「あ、これこそおふくろの味だね」と言ってくれると気分がいいそうだ。
たみや旅館に韓国テイストを加味することが彼女の夢のうちのひとつだ。彼女の提案で食事にキムチを添えて出している。「伝統を変えるのは難しいですが、それでもお客様の反応がいいので胸がいっぱいです。お帰りになるとき、キムチをお土産として差し上げることもあります」今後、韓国伝統の螺鈿のタンスを部屋に置きたいという計画も立てている。
「韓国に置き換えて言うと宗家(本家)に嫁いだ感じです。誰かが嫁ぐと言えば止めますよ」言葉はそうでも、女将は自分の宿命だと感じるという。
「たまに私が旅館と結婚をしたのかと思うことがあります。それでもお客様の幸せそうな表情を見れば、大変さも忘れてしまいます」
これは メッセージ 1 (the_rich_and_smooth さん)への返信です.
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