Re: オバマ氏の演説
投稿者: elgfaret 投稿日時: 2008/08/31 22:01 投稿番号: [115519 / 230347]
>>>情け深い日本人に感謝することだな。
日本人は情け深いからな。
日本人なんて「民族」
所詮は大陸からの渡来人によってできたもの
まともに日本文化・日本民族なんていえる代物は
江戸時代以降のものでしょう
奈良・平安時代なんて言う時代名
本来は渡来時代が妥当な名前でしょう
ps
zaougongenninety 君
あなた名前、服部君?
ちなみに服部の祖先は朝鮮人です
由緒
平成祭礼データから
足の守護・服部天神宮
由緒
その昔、朝鮮から機織の技術を我が国に伝えた人々に「秦氏」の姓氏を与えて、これらの子孫の多くがこの地に住まいました。
「服部」の地名は秦氏の人々の住むところとして「機織部」から成りたったものと思われますが、第十九代允恭天皇の御代に、織部司に任ぜられ、諸国の織部を総領した「服部連」の本拠地がこの服部であります。(新撰姓氏録、第十八巻摂津国神別)外来部族であった秦氏は、外来神であり医薬の祖神である「少彦名命」を尊崇していましたので、当神社はこの服部の地に古くから、おまつりしていたものと思われ、その創建は菅公御生前より遠く、相当古い年代であったと推定されています。
右大臣、菅原道眞公は、讒訴に遭い、太宰権師として左遷されることとなり、延喜元年、京都から遥か筑紫の太宰府へ赴く途次、このあたりで持病の脚気に悩まされ、足がむくんで一歩も歩くことが出来なくなりました。そこで村人のすすめで、医薬の祖神「少彦名命」をまつる服部の路傍の小祠に詣で、一心にその平癒を祈願されたところ、不思議に痛みや、むくみが治り、再び健康を取り戻して、無事太宰府におつきになったと伝えられています。
菅公没後、北野天満宮をはじめとして、天神信仰が全国各地に起こり、路傍の小祠であった当社に菅公の霊を合祀し「服部天満宮」として堂宇を建立し、「菅公、脚気平癒の霊験」が広まり、聞き伝えた人々の参拝で、次第に門前市をなす様になり、「脚気天神」「足の神様」として全国の崇敬をあつめる様になりました。
以上
これは メッセージ 115517 (zaougongenninety さん)への返信です.
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