Re: アジアンロボその1
投稿者: keserakeserakesera 投稿日時: 2008/08/12 14:32 投稿番号: [112829 / 230347]
>>炭化米の証拠が無ければ否定されるのか?(激藁)
>炭素米が、朝鮮半島においてもっとも古い稲作の物証だと書いたはずだがね。
>>日本の考古学者の見解では、陸稲が伝播した方が早いと言ってるさね。それも、陸稲の伝播経路は朝鮮半島経由とな。(激藁)
>見え透いた嘘をつくなよw。
「ただし陸稲は遼東半島から朝鮮半島へ」なら、そこから日本であってるさね。(激藁)
単純に、陸稲栽培を教えた渡来人を考えりゃわかることさね。陸稲の炭化米が発見されている紀元前3500年前、現在からだと5500年前、十戒のモーゼより古い時代の古代人が、中国長江流域から筏に乗って玄界灘を渡り、直接日本に来たと言う説でもあれば別だが、そんなことを考えるのはオメェみたいな馬鹿しかいねぇさね。(激藁)
>>オメェが、倭王武の上表文は四六駢儷体で書かれていると言ったんだぜ!
倭王武の上表文は、当時南朝で流行していた駢体で書かれていた。こう書いても何も問題ない(その理由は、これまででさんざん述べてきているし)から要望通り、今後はこれで行こうか。
四六駢儷体の成立は清代といってみたり、オメェの支離滅裂論はもう結構さね、十分馬鹿を曝してくれたしな(激藁)
>>魏志倭人伝著者は西晋の陳寿で、3世紀末(280年-290年間)の書き出しには、
「倭人は帯方の東南大海の中にあり、山島に依りて國邑をなす。旧百余國。漢の時朝見する者あり、今、使訳通ずる所三十國。
郡より倭に至るには、海岸に循って水行し、韓國をへて、あるいは、南しあるいは東し、その北岸狗邪韓國に至る七千余里。」
旧百余國とあるから、馬韓だけでも五十余りの国があったし朝見の記録も存在する。中国語を話せる国も三十国あるし、「その北岸狗邪韓國に至る七千余里」で狗邪韓国なら、いろんな呼び方があるが「加羅、伽耶、賀洛、任那」の事さね。
>あ〜、なんかもう程度が低過ぎるは頭悪すぎるわで、一々誤り指摘するのアホらしくなってきた。魏志倭人伝と呼ばれるのは、三国志魏書東夷伝で倭について述べられている部分を指すわけだが、東夷伝には倭とは別に韓の項目もしっかりあり、序文にも、韓は帯方の南にあり、東西は海を以って限りとなし、南は倭と接し、方四千里ばかり。三種あり、一を馬韓といい、二を辰韓といい、三を弁韓と曰う。辰韓は、古の辰国なり。とあるわけだが、どこが高句麗以南にすむ人々を倭人と認識してたんだろうね。で、魏志倭人伝の記述からすれば、王仁の招来前に、倭人は中国語を扱えていたって事になるわけだが、こっちの主張の補完ご苦労さんw。
馬韓の中に国が五十もあるさね。辰韓、弁韓その他を合わせれば100余国になるさね。(激藁)
>>大陸百済五代依羅が率いる吉林省の依羅国が鮮卑に攻められ滅んだ為、遺民が二手に割れ、朝鮮半島に新天地を求めた大陸百済の子孫近肖古王が、家臣団を率いて船団を組んで遼河を下り、遼東湾から馬韓に攻め込み馬韓その他を切り取り百済を建国したという事さね。この時の故事が百家済海と言われていて、国号の語源とも言われている。魏志倭人伝にも旧百余國とあるから、その百年後で「渡りて海北を平らぐること、九十五国。」なら、遼河を下り遼東湾に出て、遼東半島を回り込み北に進めば馬韓に突き当たる。何の矛盾も無い話さね。
>いや、お前の脳内でいくら矛盾が無くとも、史料や伝記からすれば矛盾だらけなんだが。
中学生レベルの創作はもういいからさ、せめて史料を基に発言しろ暗愚。
「宋書倭国伝にある倭王武の上表文の内容。祖先の功績を語っている部分に、「渡りて海北を平らぐること、九十五国。」とあるわけだろう?
日本から海を北に進めばロシアに行くさね。地図を見れば小学生でもわかる話さね、タリン脳!(激藁)
日本から朝鮮半島に行くには、西の方角に行かないと辿り着かねぇさね(激藁)
>炭素米が、朝鮮半島においてもっとも古い稲作の物証だと書いたはずだがね。
>>日本の考古学者の見解では、陸稲が伝播した方が早いと言ってるさね。それも、陸稲の伝播経路は朝鮮半島経由とな。(激藁)
>見え透いた嘘をつくなよw。
「ただし陸稲は遼東半島から朝鮮半島へ」なら、そこから日本であってるさね。(激藁)
単純に、陸稲栽培を教えた渡来人を考えりゃわかることさね。陸稲の炭化米が発見されている紀元前3500年前、現在からだと5500年前、十戒のモーゼより古い時代の古代人が、中国長江流域から筏に乗って玄界灘を渡り、直接日本に来たと言う説でもあれば別だが、そんなことを考えるのはオメェみたいな馬鹿しかいねぇさね。(激藁)
>>オメェが、倭王武の上表文は四六駢儷体で書かれていると言ったんだぜ!
倭王武の上表文は、当時南朝で流行していた駢体で書かれていた。こう書いても何も問題ない(その理由は、これまででさんざん述べてきているし)から要望通り、今後はこれで行こうか。
四六駢儷体の成立は清代といってみたり、オメェの支離滅裂論はもう結構さね、十分馬鹿を曝してくれたしな(激藁)
>>魏志倭人伝著者は西晋の陳寿で、3世紀末(280年-290年間)の書き出しには、
「倭人は帯方の東南大海の中にあり、山島に依りて國邑をなす。旧百余國。漢の時朝見する者あり、今、使訳通ずる所三十國。
郡より倭に至るには、海岸に循って水行し、韓國をへて、あるいは、南しあるいは東し、その北岸狗邪韓國に至る七千余里。」
旧百余國とあるから、馬韓だけでも五十余りの国があったし朝見の記録も存在する。中国語を話せる国も三十国あるし、「その北岸狗邪韓國に至る七千余里」で狗邪韓国なら、いろんな呼び方があるが「加羅、伽耶、賀洛、任那」の事さね。
>あ〜、なんかもう程度が低過ぎるは頭悪すぎるわで、一々誤り指摘するのアホらしくなってきた。魏志倭人伝と呼ばれるのは、三国志魏書東夷伝で倭について述べられている部分を指すわけだが、東夷伝には倭とは別に韓の項目もしっかりあり、序文にも、韓は帯方の南にあり、東西は海を以って限りとなし、南は倭と接し、方四千里ばかり。三種あり、一を馬韓といい、二を辰韓といい、三を弁韓と曰う。辰韓は、古の辰国なり。とあるわけだが、どこが高句麗以南にすむ人々を倭人と認識してたんだろうね。で、魏志倭人伝の記述からすれば、王仁の招来前に、倭人は中国語を扱えていたって事になるわけだが、こっちの主張の補完ご苦労さんw。
馬韓の中に国が五十もあるさね。辰韓、弁韓その他を合わせれば100余国になるさね。(激藁)
>>大陸百済五代依羅が率いる吉林省の依羅国が鮮卑に攻められ滅んだ為、遺民が二手に割れ、朝鮮半島に新天地を求めた大陸百済の子孫近肖古王が、家臣団を率いて船団を組んで遼河を下り、遼東湾から馬韓に攻め込み馬韓その他を切り取り百済を建国したという事さね。この時の故事が百家済海と言われていて、国号の語源とも言われている。魏志倭人伝にも旧百余國とあるから、その百年後で「渡りて海北を平らぐること、九十五国。」なら、遼河を下り遼東湾に出て、遼東半島を回り込み北に進めば馬韓に突き当たる。何の矛盾も無い話さね。
>いや、お前の脳内でいくら矛盾が無くとも、史料や伝記からすれば矛盾だらけなんだが。
中学生レベルの創作はもういいからさ、せめて史料を基に発言しろ暗愚。
「宋書倭国伝にある倭王武の上表文の内容。祖先の功績を語っている部分に、「渡りて海北を平らぐること、九十五国。」とあるわけだろう?
日本から海を北に進めばロシアに行くさね。地図を見れば小学生でもわかる話さね、タリン脳!(激藁)
日本から朝鮮半島に行くには、西の方角に行かないと辿り着かねぇさね(激藁)
これは メッセージ 112827 (asianrobo さん)への返信です.
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