田舎もんの心境とは
投稿者: elgfaret 投稿日時: 2008/08/06 05:50 投稿番号: [111994 / 230347]
>>>朝鮮文化に対する優越性:
「日本文化がユニークであり、他よりも優れている」という信仰をゆるがす恐れがあるのが、朝鮮文化という存在なのです。これに朝鮮半島の植民地支配に起因すると思われる、明治時代以降に形成された朝鮮人蔑視の感情(幸いなことに、若い人にはほとんど見られませんが)が加わり、日本文化の成立に際して朝鮮文化が果たした役割を極力小さなものと考えようとする、根強い傾向が存在します。
朝鮮半島の文化が日本に与えた影響を故意に無視したり、できるかぎり過小評価しようとする傾向は、古代の日本が受けた外国からの影響は、ほとんどすべてが中国文化からのものであるという解釈を生み出します。つまり朝鮮半島の役割は、中国文化を受け取ってそれを日本に手渡した、単なる仲介役でしかないという考えです。例えば、古代の日本の外交関係を述べる際に、「遣隋使」(3回、ただし6回という説もある)や「遣唐使」(16回)は強調されても、「遣新羅使」(571-882年に限って記録に残るものだけで46回)や「遣渤海使」(13回)についてはほどんど触れられません。新羅の朝鮮半島統一(676年)後、大和朝廷は半島とは独自の道を歩み始めるようになりますが、国家体制を整備していく上で、新羅や渤海はきわめて重要な役割を果たしています。使節の回数を見れば分かりますように、大和朝廷は隋や唐よりも、はるかにしばしば新羅や渤海と交渉を持っていたのです(「渤海」は現在は中国領ですが、高句麗の遺民たちがつくった国であり、韓国や北朝鮮では自国史の一部と見なしています)。
http://www.dokkyomed.ac.jp/dep-m/german/uc2c.html図星だな
田舎もんよ!
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