Re: 昨日の記事からですが…
投稿者: super08071972a 投稿日時: 2008/07/21 19:17 投稿番号: [109613 / 230347]
戦争の勝者は日本だ。ポーツマス条約は朝鮮(チョソン)を滅亡に追いやった。この条約が結ばれた2カ月後に乙巳(ウルサ)保護条約(第二次日韓協約)が成立した。展示物のコンセプトは「平和」だった。建物の別称も平和ビルだ。新聞の1面の見出しも平和だった。私の心はこれを受け入れることができなかった。強大国にはポーツマス条約が平和の象徴だったろうが、貧しく弱かった朝鮮の民は国を失う絶望の象徴だった。次のような記録文も残っている。
「国を守る能力がなければ平和を享受する資格はない」。
展示館のキュレーターの話は、私をさらに憂うつにした。「私の記憶では、この場所へ勉強しに来た韓国の歴史学者や外交官はいなかった」その中にはいぶかしさが混ざっていた。日本の韓半島強占の野心をそっくりそのまま保管してきたポーツマス、東海(トンへ、日本名・日本海)が日本海に変わったのもこの条約からだ。キュレーターの言葉はこの場所を訪れもしないのかと責められているようだった。そして、韓国歴史学界と外交家の怠慢を叱責するかのようでもあった。 …以上引用
訪問時の具体的なことが一切書かれていないのでわかりませんが…キュレーター(学芸員か研究員)にポーツマス条約のころの日本が韓国の主張と正反対の説明されてショックを受けたとしかイメージはわかりませんけど(キュレーターが何話したか一切書かれていません)…下関条約以前の歴史的には韓国は中国のものかな?と思います。日露戦争の頃が朝鮮半島が世界的に注目を集めはじめた時代と思いますので多分ことキュレーターが話した韓国の記者を不愉快にした内容が世界の認識ではないでしょうか?おそらく…朝鮮半島の国の立場は国際的に認められていない空白地帯であったということだと思います。
これは メッセージ 109611 (ashlynx6271 さん)への返信です.
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