Re: 在日のアホ共へ④
投稿者: syot_forest 投稿日時: 2008/05/28 00:50 投稿番号: [102833 / 230347]
明治42(1909)年12月4日、一進会が百万会員の名において、韓国皇帝(高宗)・曾禰荒助統監・李完用(イ・ワンヨン)首相宛に、「韓日合邦」の奏上文(請願書)を提出したのです。この一進会は、宋秉蔲(ソン・ピョンチュン)・李容九(イ・ヨング)等によって明治37(1904)年8月8日に組織された政治結社で、その会員の多くは東学党教徒・独立協会員・農民で構成され「百万会員」を称しました。彼らは日韓両国が共同でロシアの南下を防ぎ、韓国の独立を保障してくれる(「日朝修好条規」で実証済)日本に多大な期待をし、日露戦争に際しては、京義線(キョンウィ:ソウル−義州間)臨時軍用鉄道建設と北進輸送隊への支援を惜しみませんでした。彼ら一進会の考えでは、「韓国の衰微は外国からの圧迫ではなく、自らの反省と自覚の欠如に原因がある。韓日は古来より同文同種(文化・民族の元は同じ)であり、政治経済的利益も一致している。ドイツ合邦国家(プロイセンを主体に統一したドイツ第二帝国)が欧州で覇を唱えるが如く、韓日も東亜の雄邦として合邦すべきである」・「もし東亜の均衡が破られ、韓国が欧米列強諸国の植民地となれば、韓国国民は流出し、国土は廃墟となる事は必定である」と言ったものでした。この様に韓国側でも「日韓合邦」(連邦制)が唱えられたのですが、結局、韓国は「合邦」(連邦)ではなく、「併合」(吸収合併)への道を歩んだのです。
これは メッセージ 102832 (syot_forest さん)への返信です.
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