在日のアホ共へ①
投稿者: syot_forest 投稿日時: 2008/05/28 00:48 投稿番号: [102830 / 230347]
まず、皆さんに第一に知って頂きたい事は、当時の大韓帝国(1897年、国号を朝鮮国から大韓帝国に改称。以下、「韓国」と省略)が、企業で言えば「倒産寸前」だったと言う事です。「開化派」が甲申政変を起こしたのも、倒産寸前だった李朝を自主再建しようとしたからです。何しろ、国土は荒廃し、慢性的な食糧不足に陥り、政治は腐敗の極に達しており、いつ国家が倒産してもおかしくはなかったのです。そんな実情を見て、日本は日清戦争後、韓国との間に協約を締結し、「保護国」として再建させようとしたのです。この保護国化をコリア人は、「日本は最初から韓国を植民地化する肚(はら)だった」等と主張しますが、それは違います。初代韓国統監となった伊藤博文や井上馨等はそもそも「日韓併合」には消極的でした。考えてみて下さい。健全な体力を持っている企業が、明日倒産するかも知れない企業をそう簡単に吸収合併するでしょうか?
あの大国・西ドイツでさえ「東西ドイツ統一」後、旧東ドイツ地域の再建復興に四苦八苦したのですから。現在の韓国と当時の韓国とを同じ目で見てはいけないのです。現在の韓国の様にある程度の国力を備えていたなら、日本にとっても非常に「魅力的」だったかも知れません。しかし、当時の韓国は倒産寸前。日本が「日韓併合」に踏み切ると言う事は、取りも直さず相当なリスクを抱え込むと言う事だったのです。それを如実に示しているのが、当時の日本の「韓国併合反対」論です。その論旨は、「韓国は経済文化レベルが低く、清・露両国と国境を接し、国内政治は党派対立が激しく、官吏の腐敗は極に達しており、政治・経済・文化・社会・国防等非常に問題が多い。その様な韓国を併合すれば、日本は多大な負担を強いられる」と言うものでした。正にその通りだったのです。
これは メッセージ 1 (the_rich_and_smooth さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/ffckdca4h4z9qa4n5doc0a4n9adbel_1/102830.html