>>>toraneko_yh
投稿者: toraneko_yh 投稿日時: 2005/07/17 14:21 投稿番号: [10149 / 230347]
>法律の話をしているのだ
法の運用や憲法慣習とはもろに法律論ですが。
>法律を解釈や運用で都合良くやられたら法律は無いも同じだ
法を認識する根拠のことを法源といいますが、それは法律の文言だけではありませんよ
ちなみに憲法上の権利として認められている知る権利は、憲法典のどこを探しても載ってませんが、憲法21条1項が保証する表現の自由の一環として認められています
法とは法典の文言を言うのではなく、有力な解釈、判例、実務の運用、他の法規範との相互関係をすべて考慮して初めて具体的内容が決まるものです。
>名目上であるから責任が無いとか実質的に権限が無かったとか
情に訴えるような事を言っても国際社会に通用しない
法を学ばれたことがないのでこういう発言になっていると思いますが、実質的権限の有無の判断について形式的権限の有無は重要な参考になりますが、イコールではないことを理解してください。
法律論で「情に訴える」ことを言った覚えはありませんよ。私はあくまで法律論を言っています
>天皇個人の考え方で裁可をしようと思えばできた
それは憲法慣習に反する虞が大ですし、昭和天皇は立憲君主として道を踏み外さないことを強く意識しておいででした。
しようと思えば裁可できたっていうのはあなたの個人の感想に過ぎません。
>利用されたと言ってその責任を回避はできない
法的責任を問うのは無理でしょう。
道義的責任、政治的責任などというものは、言った者勝ちのアンフェアなものなので人によって内容が全く異なりますから、私は採りません。
これは メッセージ 10143 (chankoro_kirai さん)への返信です.
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