言論の封殺がなかった時代
投稿者: bonbori_pretty 投稿日時: 2008/05/15 19:06 投稿番号: [101062 / 230347]
中国や韓国は 昔から反日だったのだろうか?
実はそうではない。
“言論の封殺がなかった時代には”正しく理解する者もあったのである。
★韓国 韓日文化研究所 朴鉄柱
「現在の日本の自信喪失は敗戦に起因しているが、そもそも大東亜戦争は
決して日本から仕掛けたものではなかった。平和的外交交渉によって事態を
打開しようと最後まで取り組んだ。それまで日本はアジアのホープであり、
誇り高き民族であった。最後はハル・ノートをつきつけられ、それを呑む
ことは屈辱を意味した。“事態ここに至る。座して死を待つよりは、戦って
死すべし”というのが、開戦時の心境であった。それは日本の武士道の発露
であった。日本の武士道は、西欧の植民地勢力に捨て身の一撃を与えた。
それは大東亜戦争だけでなく、日露戦争もそうであった。日露戦争と大東亜
戦争──この二つの捨て身の戦争が歴史を転換し、アジア諸国民の
独立をもたらした。この意義はいくら強調しても強調しすぎることはない。」
「大東亜戦争で日本は敗れたというが、敗けたのはむしろイギリスを
はじめとする植民地を持った欧米諸国であった。彼らはこの戦争によって
植民地をすべて失ったではないか。戦争に勝った敗けたかは、戦争目的を
達成したかどうかによって決まる、というのはクラウゼヴィッツの戦争論である。
日本は戦闘に敗れて戦争目的を達成した。日本こそ勝ったのであり
日本の戦争こそ「聖なる戦争」であった。二百数十万人の戦死者は
確かに帰ってこないが、しかし彼らは英霊として靖国神社や護国神社に
永遠に生きて国民尊崇対象となるのである。」
★中国 孫文(中国革命の指導者)
「ベルサイユ講和会議で、日本は五大国の一員として席に着いた。
日本はアジア問題代弁者だった。他のアジア諸国は、日本をアジアの
『先頭馬』として認め、その提案に耳を傾けた。白人人種にできることは
日本人にもできる。人間は肌の色で異なるが知能に違いはない。
アジアには強い日本があるから、白人人種はアジアのいかなる人種も
見下すことはできない。日本の台頭は大和民族に権威をもたらした
だけではなく、アジア全民族の地位を高めた。」(孫文『三民主義』より)
日本は、中国や韓国まで評価する戦争をしたのだ。
“現代の”中国人や韓国人、日教組や左翼がどんなことを言おうとも、
日本人が自らを恥じる必要など無いのである。
(ちなみに中国では孫文の著書は捏造歴史教育に都合が悪いので全て燃やされた)
文中にある「ハル・ノート」というのが、インドのパール判事も指摘した
西欧諸国からの「挑発」である。後でも述べるが、これは「日本から先に
手を出させることを目的とした最後通牒」だったのである。
台湾やパラオの人たちが「日本人と一緒に戦った」とは言わずに
「日本人(の一員)として戦った」と今でも言うのは、
植民地や信託統治などの領土や国籍のせいばかりではない。
では“なぜ”「日本人として」、と言うのだろうか。
それは「私はあの偉大な戦争を遂行した日本人だった」ということ自体が
誇らしいことであり、白人以外の者にとって「日本」とはアジアを開放させた
尊敬されるべき国の名だから胸を張って言うのである。
今でも台湾の飲み屋などに行けば日本の軍歌が日本語で歌われているし、
日本人であることを告げると「兄弟!」と握手を求められることすらある。
本来なら韓国人も、同じだったはずなのである。
彼らも昔は日本国籍を持つ、れっきとした日本人だったのだから、
世界にその名を誇ることができる経歴だったのである。
それを『敗戦の責任を取らされるかもしれないから』といって反日に転換し、
まともな歴史を教えずに、一つの国家を丸ごとを洗脳してしまったのだから
韓国政府の醜い私欲や保身というのは罪深いものである。
実はそうではない。
“言論の封殺がなかった時代には”正しく理解する者もあったのである。
★韓国 韓日文化研究所 朴鉄柱
「現在の日本の自信喪失は敗戦に起因しているが、そもそも大東亜戦争は
決して日本から仕掛けたものではなかった。平和的外交交渉によって事態を
打開しようと最後まで取り組んだ。それまで日本はアジアのホープであり、
誇り高き民族であった。最後はハル・ノートをつきつけられ、それを呑む
ことは屈辱を意味した。“事態ここに至る。座して死を待つよりは、戦って
死すべし”というのが、開戦時の心境であった。それは日本の武士道の発露
であった。日本の武士道は、西欧の植民地勢力に捨て身の一撃を与えた。
それは大東亜戦争だけでなく、日露戦争もそうであった。日露戦争と大東亜
戦争──この二つの捨て身の戦争が歴史を転換し、アジア諸国民の
独立をもたらした。この意義はいくら強調しても強調しすぎることはない。」
「大東亜戦争で日本は敗れたというが、敗けたのはむしろイギリスを
はじめとする植民地を持った欧米諸国であった。彼らはこの戦争によって
植民地をすべて失ったではないか。戦争に勝った敗けたかは、戦争目的を
達成したかどうかによって決まる、というのはクラウゼヴィッツの戦争論である。
日本は戦闘に敗れて戦争目的を達成した。日本こそ勝ったのであり
日本の戦争こそ「聖なる戦争」であった。二百数十万人の戦死者は
確かに帰ってこないが、しかし彼らは英霊として靖国神社や護国神社に
永遠に生きて国民尊崇対象となるのである。」
★中国 孫文(中国革命の指導者)
「ベルサイユ講和会議で、日本は五大国の一員として席に着いた。
日本はアジア問題代弁者だった。他のアジア諸国は、日本をアジアの
『先頭馬』として認め、その提案に耳を傾けた。白人人種にできることは
日本人にもできる。人間は肌の色で異なるが知能に違いはない。
アジアには強い日本があるから、白人人種はアジアのいかなる人種も
見下すことはできない。日本の台頭は大和民族に権威をもたらした
だけではなく、アジア全民族の地位を高めた。」(孫文『三民主義』より)
日本は、中国や韓国まで評価する戦争をしたのだ。
“現代の”中国人や韓国人、日教組や左翼がどんなことを言おうとも、
日本人が自らを恥じる必要など無いのである。
(ちなみに中国では孫文の著書は捏造歴史教育に都合が悪いので全て燃やされた)
文中にある「ハル・ノート」というのが、インドのパール判事も指摘した
西欧諸国からの「挑発」である。後でも述べるが、これは「日本から先に
手を出させることを目的とした最後通牒」だったのである。
台湾やパラオの人たちが「日本人と一緒に戦った」とは言わずに
「日本人(の一員)として戦った」と今でも言うのは、
植民地や信託統治などの領土や国籍のせいばかりではない。
では“なぜ”「日本人として」、と言うのだろうか。
それは「私はあの偉大な戦争を遂行した日本人だった」ということ自体が
誇らしいことであり、白人以外の者にとって「日本」とはアジアを開放させた
尊敬されるべき国の名だから胸を張って言うのである。
今でも台湾の飲み屋などに行けば日本の軍歌が日本語で歌われているし、
日本人であることを告げると「兄弟!」と握手を求められることすらある。
本来なら韓国人も、同じだったはずなのである。
彼らも昔は日本国籍を持つ、れっきとした日本人だったのだから、
世界にその名を誇ることができる経歴だったのである。
それを『敗戦の責任を取らされるかもしれないから』といって反日に転換し、
まともな歴史を教えずに、一つの国家を丸ごとを洗脳してしまったのだから
韓国政府の醜い私欲や保身というのは罪深いものである。
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