チャイナには道教があるでしょう
投稿者: kanntaroudayo 投稿日時: 2005/07/17 23:01 投稿番号: [89174 / 196466]
無為自然の思想
そのなかには自然に対する人間の尊敬の念があるはずです。
最終目的が仙人を目指すところはちがうでしょうが。(これは人間と自然の調和の意味合いか?)
神道というより本来日本人の心の中の価値観には万物森羅万象に生かされているという観念とそれらに対する愛着と尊敬と恐れの念から全てのものに神が宿り、川の石でも水でも自然界の大切なものこの世の構成者というような感覚で敬いました。特に自然景観の素晴しい所や山頂、生命力の不思議さをも感じる神秘的な巨木や巨石森林などに自然の偉大さを素朴に感じ象徴として祠を設けたり、神域として大切に日本中でいたるところで郷土で守られてきています。面白いのには便所やかまどにもそれぞれ神様はおられます。ある意味シャーマニズムの要素もあるのです。これは単に恐れるのではなくそれらを愛するがゆえの存在でもあります。人間も自然の一部として死しては神となり、もちろん立派な事をした人もあるいは恐ろしい死に方をした悲劇の人も死しては神となられ自然と同じ神様となられるとして祠が建てられたりもします。
すなわちあらゆるものの意味で八百の神々と呼ぶのです。
この概念には死者に鞭打つ思想は発生しないのです。
これは メッセージ 89166 (wss829200370 さん)への返信です.
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