『日中友好は日本を滅ぼす』
投稿者: hangyosyufu 投稿日時: 2005/07/17 02:40 投稿番号: [89020 / 196466]
石平(講談社α新書)
政治は冷えすぎたが、経済は熱いまま、という日中関係はこれで良いはずがないが、ではどうしたらいいのか。
その回答は過去の日中関係の歴史にあるという。
古代から多くの国が経験してきたように「治世」と「乱世」が周期的に交替する。日本の場合、戦国時代のあと、ながい鎖国、徳川の泰平があった。しかし、この日本の「治」と「乱」には「不思議な傾向」がある。つまり、「交替には、中国大陸との関わり方が強く影響している」のだという。
聖徳太子は中国と平等の関係をうちたてたが、これは「日本民族による国作りの歩みは、中国王朝を頂点とする冊封体制によって組み立てられた中華世界から脱出していくという、『脱・中国』の道のりでもあった」。
(なるほど。中国的視点から描くと確かにそうなる)。
直前まで、「中央集権制の創出と並んで大和朝廷が抱えていたもう一つの課題、すなわち中国大陸の巨大帝国に対し、日本はいかにすれば対等な外交関係を保ちつづけることが出来るのか」とする国外に向けた国家の自立が喫緊時であった。
聖徳太子は、有名な「日出ずるところの天子、日没するところの天子に」云々と書を送ったが、それは随王朝に驚天動地の衝撃を与えた。
しかし「日本使節の口上の背後に隠れた、大和朝廷の対中国戦略思考の一端」があり、それは「普遍性のある仏教という世界宗教のなかに身を置くことによって、中国文明ならびに王朝の権威を相対化し、中国と対等の外交関係を確立していく、という」隠し種があったという。
また同時に「儒教より広がりのある世界宗教を中軸に据えることによって、日本文明はその母体である中国文明より多くの普遍性を」獲得できた。その意味でも、「かな文字の古今和歌集の登場こそは、文化における脱中国の象徴である」という。
(この古今和歌集の評価、大賛成)。
日本人なら当然の常識だが、これを黄文雄氏ならともかく、中国大陸からきた著者がいうのだから、この意外性だけでも本書をよむ値打ちがある。
中国にのめり込んだ天智天皇の近江、平家、足利、秀吉の朝鮮出兵などは悉くが短期政権に終わった。「中国と没交渉か関係の薄い平安時代、江戸時代において、日本史上、もっとも平和な“繁栄の時代”を享受できた」。
明治文明開化から日清戦争まで、維新政府の日本は、文明の利器に集中し、欧米に関心はあっても中国大陸にはなく、ロシアの南下を目撃し、ようやく重い腰をあげて満州事変へといたる。
この近・現代史となると著者の批判の矛先が、すこし斜めに変化し、微妙にターゲットが替わる。
共産主義ドグマが潰えた後の「愛国統一」は、共産主義の失敗を糊塗しうる魔法だが、経済繁栄以後の中国では「民族の偉大なる復興」が「唯一のコンセンサスとなった」のだから、台湾侵犯はありうるとする予測は予測の範囲内としても、それが「唯一のコンセンサス」とは評者(宮崎)には到底思えない。中国の民度がそれほど低いはずがないからだ。
同時に台湾問題を北京が熱心に獅子吼するのは、背後のイスラムのテロ、モンゴルの大モンゴル主義、チベットの独立問題が横たわっているからだが、これらの難題は本書ではネグレクトされている。
「東アジア共同体」への疑問も大いに共感するが、『反日』が中国共産党の失政のすり替えではなく、ライバルとして日本への対抗戦略からあみだされて構造的なパターンと総括して、すり替え議論には触れていないのも一面的。まして現代となると、歯切れがやや鈍るあたりが気になった。
政治は冷えすぎたが、経済は熱いまま、という日中関係はこれで良いはずがないが、ではどうしたらいいのか。
その回答は過去の日中関係の歴史にあるという。
古代から多くの国が経験してきたように「治世」と「乱世」が周期的に交替する。日本の場合、戦国時代のあと、ながい鎖国、徳川の泰平があった。しかし、この日本の「治」と「乱」には「不思議な傾向」がある。つまり、「交替には、中国大陸との関わり方が強く影響している」のだという。
聖徳太子は中国と平等の関係をうちたてたが、これは「日本民族による国作りの歩みは、中国王朝を頂点とする冊封体制によって組み立てられた中華世界から脱出していくという、『脱・中国』の道のりでもあった」。
(なるほど。中国的視点から描くと確かにそうなる)。
直前まで、「中央集権制の創出と並んで大和朝廷が抱えていたもう一つの課題、すなわち中国大陸の巨大帝国に対し、日本はいかにすれば対等な外交関係を保ちつづけることが出来るのか」とする国外に向けた国家の自立が喫緊時であった。
聖徳太子は、有名な「日出ずるところの天子、日没するところの天子に」云々と書を送ったが、それは随王朝に驚天動地の衝撃を与えた。
しかし「日本使節の口上の背後に隠れた、大和朝廷の対中国戦略思考の一端」があり、それは「普遍性のある仏教という世界宗教のなかに身を置くことによって、中国文明ならびに王朝の権威を相対化し、中国と対等の外交関係を確立していく、という」隠し種があったという。
また同時に「儒教より広がりのある世界宗教を中軸に据えることによって、日本文明はその母体である中国文明より多くの普遍性を」獲得できた。その意味でも、「かな文字の古今和歌集の登場こそは、文化における脱中国の象徴である」という。
(この古今和歌集の評価、大賛成)。
日本人なら当然の常識だが、これを黄文雄氏ならともかく、中国大陸からきた著者がいうのだから、この意外性だけでも本書をよむ値打ちがある。
中国にのめり込んだ天智天皇の近江、平家、足利、秀吉の朝鮮出兵などは悉くが短期政権に終わった。「中国と没交渉か関係の薄い平安時代、江戸時代において、日本史上、もっとも平和な“繁栄の時代”を享受できた」。
明治文明開化から日清戦争まで、維新政府の日本は、文明の利器に集中し、欧米に関心はあっても中国大陸にはなく、ロシアの南下を目撃し、ようやく重い腰をあげて満州事変へといたる。
この近・現代史となると著者の批判の矛先が、すこし斜めに変化し、微妙にターゲットが替わる。
共産主義ドグマが潰えた後の「愛国統一」は、共産主義の失敗を糊塗しうる魔法だが、経済繁栄以後の中国では「民族の偉大なる復興」が「唯一のコンセンサスとなった」のだから、台湾侵犯はありうるとする予測は予測の範囲内としても、それが「唯一のコンセンサス」とは評者(宮崎)には到底思えない。中国の民度がそれほど低いはずがないからだ。
同時に台湾問題を北京が熱心に獅子吼するのは、背後のイスラムのテロ、モンゴルの大モンゴル主義、チベットの独立問題が横たわっているからだが、これらの難題は本書ではネグレクトされている。
「東アジア共同体」への疑問も大いに共感するが、『反日』が中国共産党の失政のすり替えではなく、ライバルとして日本への対抗戦略からあみだされて構造的なパターンと総括して、すり替え議論には触れていないのも一面的。まして現代となると、歯切れがやや鈍るあたりが気になった。
これは メッセージ 1 (messages_admin さん)への返信です.
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