日中関係

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

元外交官、私はなぜ亡命したのか

投稿者: hangyosyufu 投稿日時: 2005/06/30 01:42 投稿番号: [86302 / 196466]
私は中国共産党に対する不満を世の人々に知らせるために、5月26日に中国駐シドニー領事館を離脱しました。

私が過去に経験してきたあらゆることが、自分の良心を悩ませ、精神的な苦痛を感じてきました。その苦痛は1971年まで遡ります。文化大革命の時に清華大学の学生だった父は、地元の住民のために大字報(壁新聞)を制作しました。それが原因で父は逮捕され、ひどい殴打を受けて死亡しました。

父の死後、私は中共体制の陰で長年、我慢して来ました。1989年に六・四(天安門事件)の流血沙汰を目撃し、私は父の死が中国の政治体制によってもたらされたことを確信しました。

その時、既に政府からの重圧を感じていましたが、なすすべもなかったのです。中国は一党独裁の政権であり、中共政権に対して異見を持つことは、つまりひどい迫害を受けるということです。私が中国外交部で仕事をしているのは生活のためであって、心の中ではずっと中共に対してすでに嫌気がさしていました。

後に私はフィジーへ派遣されましたが、中共政府がフィジーとうまく外交関係を保つために、経済的利益を与えるなどの、あらゆる手段を使っている事実知りました。

フィジーの後、中共が民主運動家及び法輪功学習者達を監視するために、私はシドニーへ派遣され、彼らの活動を監視し、情報を国内へ提供する仕事に就きました。しかし皮肉なことに、私は1989年から国内で民主運動に参加し、支援していたのです。

卒業直前の時期、NBC放送局で実習を受け、撮影制作グループで翻訳とガイドを務めていました。私は仕事の合間に天安門へ出かけ、いろいろな活動に参加しました。ハンガー・ストライキを行ったときも、私は現場で手伝っていました。

6月3日の夜は仕事がなく、宿泊していたホテルは天安門に非常に近いこともあって、その夜、私は民主大学が天安門広場で開かれる創立大会に参加し、厳家其さんの演説を聞きました。中国は長い間、封建制度と君主制度でしたし、中共も独裁制度を行っています。中国は全く民主的な社会ではないのです。私は厳家其さんの演説に非常に感心しました。
[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)