反日教育でもありますよ
投稿者: pokopokogon 投稿日時: 2005/06/24 02:42 投稿番号: [85225 / 196466]
ども、china china jinさん。
反日教育でもありますね。
まず、日本軍の三光作戦で・・・という下り。この”三光作戦”なるものは、日本軍にはありません。
有りもしないものを軍としてそのような作戦をとっていたと教えるのは、どういう目的が背後にあるのか?
”光”という語がどのような意味を持つか日本語、中国語でよくお調べになって下さい。
焼光(焼き尽くす)・殺光(殺し尽くす)・槍光(奪い尽くす)というのは中国軍において日常的な軍事行動でした。
実態は、蒋介石の軍隊が共産軍に敗れて敗走するとき、入ってきた共産軍が利用するものがないように、『清郷(せいごう)作戦』『堅壁清野(けんぺきせいや)』(その際、中国では逃げ出す軍隊による略奪・暴行・破壊が行われる。南京でも同じ事が行われ日本軍の行為とされた)などの焦土作戦を行った。共産軍が敗退するときも同じような事を行っていて、「三光」は中国軍隊では日常茶飯事的な軍事行動なのであるが・・・
http://www.jiyuu-shikan.org/frontline/sonota/sankousakusen.html
より抜粋
ただ、中国を戦場として中国国民に大変な苦しみを与えた事は日本として非常に申し訳なかった
事とは皆、思っているでしょう。
戦争の悲惨さを次世代に伝えていくというのはとても大切です。
しかし、こうした証言を有りもしない事と取り混ぜて教えて、しかも教育現場では教師向けの指導要領に
できるだけ日本に対する憎しみを植えつけるようにせよ、などと載せて教師を指導するのは
反日教育なのだと指摘されているのですよ。
中越戦争に参戦した人の話を聞いた事があります。部隊の移動・撤退時には、老若男女の区別無く
(勿論幼い子も全て)皆殺しにして村落に火を放ったそうです。民族間の恨みは恐ろしいもので
生かしておけばゲリラ化し、いつ何時襲撃してくるか判らないからそのようにしたのだという事でした。
撫順帰りの方の手記など見ると上記の中国軍の行動と似たような事をしていた部隊もあったよう
です。動機は中越戦争時の中国軍と同じような心理からでしょう。
ベトナムに於いてもこのような事が起こっていたのですね。中国が本当に日本によって国民感情を
傷つけられるのを悲しみ、歴史を鑑とするつもりがあるのならば、ベトナム人に与えた苦しみを
理解し、謝罪・賠償に応じるのは決して困難な事ではなかった筈です。
しかし貴国の江沢民氏はベトナム側の謝罪要求に対して、そんな過去の事にばかり拘っていないで
未来に向けて進んでいくべきだというように述べて、先方の要求を一蹴したそうです。
自国の過去の負の部分には目を向けず、謝罪もせずにおいて日本との過去には執拗にこだわり、
殊更に憎悪を募らせるような方向へ教育をする、これを反日教育と言っているのですよ。お判りでしょうか?
反日教育でもありますね。
まず、日本軍の三光作戦で・・・という下り。この”三光作戦”なるものは、日本軍にはありません。
有りもしないものを軍としてそのような作戦をとっていたと教えるのは、どういう目的が背後にあるのか?
”光”という語がどのような意味を持つか日本語、中国語でよくお調べになって下さい。
焼光(焼き尽くす)・殺光(殺し尽くす)・槍光(奪い尽くす)というのは中国軍において日常的な軍事行動でした。
実態は、蒋介石の軍隊が共産軍に敗れて敗走するとき、入ってきた共産軍が利用するものがないように、『清郷(せいごう)作戦』『堅壁清野(けんぺきせいや)』(その際、中国では逃げ出す軍隊による略奪・暴行・破壊が行われる。南京でも同じ事が行われ日本軍の行為とされた)などの焦土作戦を行った。共産軍が敗退するときも同じような事を行っていて、「三光」は中国軍隊では日常茶飯事的な軍事行動なのであるが・・・
http://www.jiyuu-shikan.org/frontline/sonota/sankousakusen.html
より抜粋
ただ、中国を戦場として中国国民に大変な苦しみを与えた事は日本として非常に申し訳なかった
事とは皆、思っているでしょう。
戦争の悲惨さを次世代に伝えていくというのはとても大切です。
しかし、こうした証言を有りもしない事と取り混ぜて教えて、しかも教育現場では教師向けの指導要領に
できるだけ日本に対する憎しみを植えつけるようにせよ、などと載せて教師を指導するのは
反日教育なのだと指摘されているのですよ。
中越戦争に参戦した人の話を聞いた事があります。部隊の移動・撤退時には、老若男女の区別無く
(勿論幼い子も全て)皆殺しにして村落に火を放ったそうです。民族間の恨みは恐ろしいもので
生かしておけばゲリラ化し、いつ何時襲撃してくるか判らないからそのようにしたのだという事でした。
撫順帰りの方の手記など見ると上記の中国軍の行動と似たような事をしていた部隊もあったよう
です。動機は中越戦争時の中国軍と同じような心理からでしょう。
ベトナムに於いてもこのような事が起こっていたのですね。中国が本当に日本によって国民感情を
傷つけられるのを悲しみ、歴史を鑑とするつもりがあるのならば、ベトナム人に与えた苦しみを
理解し、謝罪・賠償に応じるのは決して困難な事ではなかった筈です。
しかし貴国の江沢民氏はベトナム側の謝罪要求に対して、そんな過去の事にばかり拘っていないで
未来に向けて進んでいくべきだというように述べて、先方の要求を一蹴したそうです。
自国の過去の負の部分には目を向けず、謝罪もせずにおいて日本との過去には執拗にこだわり、
殊更に憎悪を募らせるような方向へ教育をする、これを反日教育と言っているのですよ。お判りでしょうか?
これは メッセージ 85190 (china_china_jin さん)への返信です.
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