高金素梅、靖国神社に入らず①
投稿者: hangyosyufu 投稿日時: 2005/06/14 19:47 投稿番号: [84060 / 196466]
日本人の勇気に敗れ去る
靖国神社をめぐる本日午前の高金素梅騒動の顛末を、信頼できる複数の証言を整理して紹介する。
すでに日本や台湾のメディアはこれを報じているが、多くは高金素梅の話を真に受け、またはその側についての見方であり、誤解も多く、多くの点でこのレポートと異なっていることを前置きしたい。
高金素梅が今朝9時半、靖国神社(あるいはその周辺)で、台湾原住民英霊の魂を取り戻す要求や儀式を行うということで、神社境内には8時前から大勢の日本人有志が警備のため参集し始め、9時ごろには200人を超えた。
高金素梅一行約50名だけでなく、それを支援する左翼集団も神社に向かっているとの情報もあったため、境内すべての出入り口に20名以上が立ち、そこに機動隊も配置につくなど、物々しい空気に包まれた。
9時前後には高金素梅集団がバス二台に分乗し、英国大使館方面から向かっている、あるいは左翼集団が九段下方面から向かっているといった二方面の敵情が有志の下に伝えられた。
その後、混乱を防ぐため、左翼集団は機動隊に止められ、神社には近づけなかった。高金素梅集団のバスも神社から300メートルほど手前の車道で止められ、安全のため神社に入らないよう説得した。
すべてがパフォーマンスで、わがままだらけの高金素梅を説得するのに相当時間が費やされたが、結局は靖国神社行きを断念した。
だがただで引き返す高金素梅ではなく、車道にお得意の宣伝パネルを並べ、歩道にいる日台の記者団の前で不満たらたらの演説パフォーマンスを始めた。
通訳の女性が泣きながらそれを日本語に翻訳すると、聴衆の間から失笑が漏れた。
歩道には警官や記者のほか、境内から警察の包囲網を突破してきた有志たち、そしてそれ以上に左翼支援グループが集まっていた。
そのころ原住民たちは、当初はバスの中でおとなしくしていたが、やがて窓から顔を出し歌を歌って興奮しだし、高金素梅に通じる憎悪に満ちた顔つきに変わり、「反軍国主義、反軍国主義」と叫びだした。
有志たちがそれに抗議すると、左翼や中国人(華僑)などの支援グループがそれに飛びかった。ある有志が緑の台湾旗を取り出すと、警官隊から「刺激するな」と取り押さえられた。
高金素梅は「靖国神社に入れなくても、また来る」「次の世代がまた来る」と言った。それが「もう来ない」という宣言だとの見方がもっぱらだった。パフォーマンスができない以上、それは当然だろう。
そして自分たちの行動を阻止した日本の警察に対し、「安全を守ってくれない」と叫んだ。しかし明らかに高金素梅は、完璧なまでに警官隊に守られていた。演説の後、記者団から「このような騒動で混乱を起こしたことをどう思うか」との質問が出たが、それは無視してバスに乗り込み、10時半ごろにようやくその場を立ち去った。
それを見送る人々の間から、「一体あいつは何をしに来たんだ」との声が。ある私服の警察官も「大騒ぎをして馬鹿馬鹿しい人だね」とあきれていた。
靖国神社をめぐる本日午前の高金素梅騒動の顛末を、信頼できる複数の証言を整理して紹介する。
すでに日本や台湾のメディアはこれを報じているが、多くは高金素梅の話を真に受け、またはその側についての見方であり、誤解も多く、多くの点でこのレポートと異なっていることを前置きしたい。
高金素梅が今朝9時半、靖国神社(あるいはその周辺)で、台湾原住民英霊の魂を取り戻す要求や儀式を行うということで、神社境内には8時前から大勢の日本人有志が警備のため参集し始め、9時ごろには200人を超えた。
高金素梅一行約50名だけでなく、それを支援する左翼集団も神社に向かっているとの情報もあったため、境内すべての出入り口に20名以上が立ち、そこに機動隊も配置につくなど、物々しい空気に包まれた。
9時前後には高金素梅集団がバス二台に分乗し、英国大使館方面から向かっている、あるいは左翼集団が九段下方面から向かっているといった二方面の敵情が有志の下に伝えられた。
その後、混乱を防ぐため、左翼集団は機動隊に止められ、神社には近づけなかった。高金素梅集団のバスも神社から300メートルほど手前の車道で止められ、安全のため神社に入らないよう説得した。
すべてがパフォーマンスで、わがままだらけの高金素梅を説得するのに相当時間が費やされたが、結局は靖国神社行きを断念した。
だがただで引き返す高金素梅ではなく、車道にお得意の宣伝パネルを並べ、歩道にいる日台の記者団の前で不満たらたらの演説パフォーマンスを始めた。
通訳の女性が泣きながらそれを日本語に翻訳すると、聴衆の間から失笑が漏れた。
歩道には警官や記者のほか、境内から警察の包囲網を突破してきた有志たち、そしてそれ以上に左翼支援グループが集まっていた。
そのころ原住民たちは、当初はバスの中でおとなしくしていたが、やがて窓から顔を出し歌を歌って興奮しだし、高金素梅に通じる憎悪に満ちた顔つきに変わり、「反軍国主義、反軍国主義」と叫びだした。
有志たちがそれに抗議すると、左翼や中国人(華僑)などの支援グループがそれに飛びかった。ある有志が緑の台湾旗を取り出すと、警官隊から「刺激するな」と取り押さえられた。
高金素梅は「靖国神社に入れなくても、また来る」「次の世代がまた来る」と言った。それが「もう来ない」という宣言だとの見方がもっぱらだった。パフォーマンスができない以上、それは当然だろう。
そして自分たちの行動を阻止した日本の警察に対し、「安全を守ってくれない」と叫んだ。しかし明らかに高金素梅は、完璧なまでに警官隊に守られていた。演説の後、記者団から「このような騒動で混乱を起こしたことをどう思うか」との質問が出たが、それは無視してバスに乗り込み、10時半ごろにようやくその場を立ち去った。
それを見送る人々の間から、「一体あいつは何をしに来たんだ」との声が。ある私服の警察官も「大騒ぎをして馬鹿馬鹿しい人だね」とあきれていた。
これは メッセージ 1 (messages_admin さん)への返信です.
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