戦争の評価に善悪は無意味
投稿者: kanntaroudayo 投稿日時: 2005/06/12 23:36 投稿番号: [83771 / 196466]
最近TVで年90歳の元大学教授が数奇な縁から知り合ったルーマニア人とその死の直前くらいに再開するドキュメントを放送していたが、TV側の企画したであろう意図とは別に番組の最後の何秒間かその老教授が墓碑の前で泣き崩れた時に心のそこから語った言葉は真実を凝縮した言葉であった。われわれは勇敢に闘ったと墓碑に向かって語っていたその姿には、一般日本人として軍務についていてたものの心の叫びが見えた。その短い言葉の中には彼の人生の中のいろんな戦いの意味が含まれたるのであろうがいかなる国家であるといえども、社会が恒常的に不安定である異常な環境状態からの徴兵者の集団で無い限りふつうの兵士とはそのようなものであろう。国家が国民個人に命という最高の犠牲をしいて行うのが戦争であるから、どのような小さな国家といえども主権がある限りその国家の戦争犠牲者には最高の尊厳をもって当たるのは義務であり、権利である。それを外部の都合による善悪の価値基準で取り壊させようとするのは、小さい意味では文化の破壊大きな意味では国家の破壊工作の第一歩である。靖国干渉などは日本は問題自体を認めてはいけない。どうしても文句を言うのなら、逆に以前訒小平が言ったように未来にお互いが理解し解決する問題として玉虫色のままですっといけばよいことである。このような事で宣伝工作を行い、自らは労せずに、様々な利益や他国への侵略を行う国家とは本当に警戒を怠らないようにして付き合わないといけない。
これは メッセージ 1 (messages_admin さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/ffccf4x78_1/83771.html