謀略文書『田中上奏文』とは
投稿者: truth2020jp 投稿日時: 2005/05/29 16:28 投稿番号: [81305 / 196466]
●共産主義の陰謀ではなかったのか。(今も再び
共産主義の陰謀が迫っているのではないか)
「日本が世界を征服するためには、まず支那を征服しなければならない」との内容が記された「田中上奏文」は、1927(昭和2)年7月25日付で田中義一首相が昭和天皇に上奏した文書とされ、1929年12月、南京で出版された「時事月報」誌上に漢文で掲載され、ついで英文などに訳され、世界中にばらまかれた。
この文書には、事実と明らかに異なる記述や間違い、天皇への上奏文として相応しくない表現などが多数あり、また肝心の日本語による原文が現在においても「発見」されておらず、実際はコミンテルンの指令により支那で作られた偽書だったのである。
1941年、エドガー・スノーは『アジアの戦争』を出版した。その中でスノーは「田中上奏文」を引用し、様々な誇張、歪曲によってアメリカ国民に反日感情を植え付け、対日戦争を扇動したのであった。 またエドガー・スノー(Edgar Snow)は1936年、「中国の赤い星(Red Star over China)」のなかで、「毛沢東はやせたリンカーンのように見えた」とのべ、中国の共産主義者は、ロシアの革命家のような「血に飢えた権力主義者」ではなく、「良心的な民主主義者」であると読者に印象づけた。
そして、1941(昭和16)年に出版された、「アジアの戦争(The Battle for Asia)」において、スノーは「残虐な日本人」というステレオタイプを読者に植え付けたうえで、その「残虐な日本人」の侵略と戦っている中国共産党というイメージを多くの読者の脳裏に焼き付けた。
当時米国共産党により、英訳されたこの田中上奏文がアメリカのルーズベルト大統領および首脳陣に広く喧伝され ルーズベルト大統領もその内容に注目したという。この文書が米国の対日姿勢の硬化に一役かったことは十分推測される。
田中上奏文は、10種類もの中国語版、ドイツ語版も出され、世界中に「世界征服を目指す日本」というイメージをばらまいた。ただし、当然ながら「偽」である故に日本語で書かれた原文は存在しない。 ドイツがヒトラーの『わが闘争』をバイブルに世界征服に乗り出したように、日本も「田中上奏文」に基づいて世界征服を企てたという筋書きは、東京裁判における参考書の役割を果たし、「共同謀議」なる荒唐無稽な物語を生んだのである。
東京裁判では、「田中上奏文」の内容に矛盾点があることを指摘され、最終的には証拠として扱われなかったが、その「物語」の影響までは拭い去ることはなかった。
「日本が世界を征服するためには、まず支那を征服しなければならない」との内容が記された「田中上奏文」は、1927(昭和2)年7月25日付で田中義一首相が昭和天皇に上奏した文書とされ、1929年12月、南京で出版された「時事月報」誌上に漢文で掲載され、ついで英文などに訳され、世界中にばらまかれた。
この文書には、事実と明らかに異なる記述や間違い、天皇への上奏文として相応しくない表現などが多数あり、また肝心の日本語による原文が現在においても「発見」されておらず、実際はコミンテルンの指令により支那で作られた偽書だったのである。
1941年、エドガー・スノーは『アジアの戦争』を出版した。その中でスノーは「田中上奏文」を引用し、様々な誇張、歪曲によってアメリカ国民に反日感情を植え付け、対日戦争を扇動したのであった。 またエドガー・スノー(Edgar Snow)は1936年、「中国の赤い星(Red Star over China)」のなかで、「毛沢東はやせたリンカーンのように見えた」とのべ、中国の共産主義者は、ロシアの革命家のような「血に飢えた権力主義者」ではなく、「良心的な民主主義者」であると読者に印象づけた。
そして、1941(昭和16)年に出版された、「アジアの戦争(The Battle for Asia)」において、スノーは「残虐な日本人」というステレオタイプを読者に植え付けたうえで、その「残虐な日本人」の侵略と戦っている中国共産党というイメージを多くの読者の脳裏に焼き付けた。
当時米国共産党により、英訳されたこの田中上奏文がアメリカのルーズベルト大統領および首脳陣に広く喧伝され ルーズベルト大統領もその内容に注目したという。この文書が米国の対日姿勢の硬化に一役かったことは十分推測される。
田中上奏文は、10種類もの中国語版、ドイツ語版も出され、世界中に「世界征服を目指す日本」というイメージをばらまいた。ただし、当然ながら「偽」である故に日本語で書かれた原文は存在しない。 ドイツがヒトラーの『わが闘争』をバイブルに世界征服に乗り出したように、日本も「田中上奏文」に基づいて世界征服を企てたという筋書きは、東京裁判における参考書の役割を果たし、「共同謀議」なる荒唐無稽な物語を生んだのである。
東京裁判では、「田中上奏文」の内容に矛盾点があることを指摘され、最終的には証拠として扱われなかったが、その「物語」の影響までは拭い去ることはなかった。
これは メッセージ 1 (messages_admin さん)への返信です.
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