私と公
投稿者: sintyou_1 投稿日時: 2005/05/28 23:21 投稿番号: [81098 / 196466]
この問題を例えたら、次の様になるでしょう。
食べるものが無い貧しい家族がいました。
その家族には子供が居て餓死する恐れがありました。そこで両親は他人の家へ押し入り食料を奪う際に殺人を犯しました。結局両親は捕まり、死刑にされました。残された子供達は運良く親戚に引き取られ立派に成長しました。
ここで、どういう行動が正しいか?
①私達の両親は何て愚かなのだろう、馬鹿だ。尊敬する価値も無い。
②私達の両親は、全く悪くない。鍵をかけてなかった家が悪いのだ。
③周囲には”私達の両親は重罪を犯してしまい、被害者の家族には申し訳ありませんでした。”と言う。でも、個人的には”両親は自分達の為を思ってしてしまったのだ。ありがとうね”と心の中で感謝する。
要するに、被害にあった家族の面前で、公に②の様な行動をとってはいけないという事です。だから、作法の問題なのです。
だからといって、①の様な行動するのは人として、誤っています。”両親を密告して、国の為に英雄になろう”というどこかの頭のおかしい指導者と同じです。
要するに③の行動をすべきなのです。大戦の戦没者は、どのような方法であれ日本の事を思って行動したのです。
何が大事かというと、何故貧しかったのか?です。周囲と喧嘩ばかりして誰も助けてくれなかったのがいけないのです。衣食足りて礼節を知る、の言葉と同じです。
その様な状況にならないよう、指導者は慎重な舵取りが必要なのです。
米国の陰謀で日本は開戦に引き込まれたかもしれませんが、その様な状況を作った当時の指導者が間違っていたのです。
これは メッセージ 1 (messages_admin さん)への返信です.
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