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なぜ極東軍事裁判は満州事変以後か?

投稿者: akanbei_21c 投稿日時: 2005/05/26 18:17 投稿番号: [80575 / 196466]
物事には起承転結があるように、なぜ極東軍事裁判は満州事変以後なのか?

第一次南京事件は、1927年3月、蒋介石の国民革命軍が南京を占領した際に起きた外国領事館襲撃事件。

1927年3月、蒋介石の北伐軍が南京に入城した。このとき、軍人や民衆の一部が外国の領事館や居留地などにおいて残虐な暴行略奪行為を行い、日1人、英2人、米1人、伊1人、仏1人、デンマーク1人の犠牲者が出た。これに対してアメリカ・イギリス両軍はただちに艦砲射撃の掩護下に陸戦隊を上陸させ、居留民の保護活動を実施した。この事件はコミンテルンの陰謀であることが国際的に認知されており、この事件で領事まで殺されそうになったイギリスはソ連と断交した。ちなみに日本は無抵抗を表明していた。

http://ja.wikipedia.org/wiki/蜊嶺コャ莠倶サカ


1928年   済南事件

http://www.benri.com/forum/politics/messages/7314.html

その被害写真
http://koreaphoto.hp.infoseek.co.jp/image/731_1.jpg

これは731部隊の人体実験証拠写真として中共や朝鮮が宣伝している写真だが、出典は1928年に青島新報から出版された「山東省動乱記念写真帖」に掲載された写真です。
「SAINAN事件」の被害者の写真です。
被害者は足袋を履いており、日本人と判ります。

満州事変以前を検証するならば、それは日本の防衛戦争と評価せざる得ず、裁判が成立しないからです。
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