日中関係

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正確ではないですね

投稿者: wof2000 投稿日時: 2005/05/22 19:16 投稿番号: [79499 / 196466]
>ていうか戦争回避の為に交渉を続けてきたがアメリカが
>強硬な姿勢を崩さず、最後通牒としてハルノートを出し
>てきたので開戦ということですよね?

正確ではないですね。

日本は戦争をするつもりだったし、アメリカは戦争を回避しようとはしませんでした。外務省などの日本政府の一部は、交渉による戦争回避を試みていましたが、それは日本政府の総意とはいえませんでした。軍部は、すでに対米開戦を規定路線にようにしており、外務省の交渉も時間稼ぎ程度にしか考えていません。軍部の開戦派は、ハルノートの内容を知り、日米開戦が不可避となったとき、ハルノートを「天佑」とまで言い切ったのです。

日本政府は、日米交渉のタイムリミットを、1941年12月1日の午前0時に設定し、それまでに交渉がまとまらない場合は、開戦と決定していました。だから、開戦に間に合うように、11月26日には、南方には陸軍が、ハワイには海軍が出撃しています。ハルノートから対日宥和案が削除されたのは、ひとつにはアメリカが南方に向かう日本軍の動きをキャッチしていたこと、もうひとつには、中国の抗議、という理由からです。そのハルノートが日本に届いたのは、11月27日(渡されたのはアメリカ時間の26日)です。これが手渡されるときにわざわざ「これは最後通牒ではない」と念を押されています(最後通牒とは「いついつまでにこちらの要求を受け入れない場合は、武力行使する」というようなものです)。しかし、この時点(11.27)で、アメリカが、ハル四原則に立ち戻ってしまったので、日本が設定していた12.1のタイムリミットに間に合わないことが確定的となったのです。だから、ハルノートの果たした役割とは、"開戦の決定を三日ほど早めた"程度であると言えるのです。
(ちなみに日本の外交用暗号を解読していたアメリカには、日本政府の動きは"ダダ漏れ"でしたが、これは日本政府の意思とは直接関係ありません)


>経済制裁そのものが宣戦布告と同じようなものですよね?

北朝鮮みたいなことを言いますね。

対日経済制裁が行われたは、ナチと同盟を結んだ日本が、英米のナワバリである東南アジアを奪うべく準備をすすめたからです。南部仏印進駐時点(1941)で、日本は英米の(潜在的な)敵国となりました。敵国に対して、戦争遂行に必要な石油や鉄を輸出し続けるほど、アメリカ政府は呑気ではありませんでした。
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