日中関係

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纏まっているので

投稿者: apoxy7 投稿日時: 2005/05/21 16:58 投稿番号: [79184 / 196466]
http://members.at.infoseek.co.jp/tou46/re_01_04.htm

4−4:日本帝国の意図・中華民国の意図それでは、ここで改めてまとめておきたい。

  まず、日本は中華民国との全面戦争は望んでいなかった。中華民国を打倒するだけの国力がないからであり、また中国に兵力を割いてしまっては、陸軍の仮想敵国・ソ連に対する満州防衛が危うくなる。
  それでは何故、武力行使を決意したのか?
  それは、日本軍の強さからして、簡単に中華民国軍を撃破し講和に持ち込むことができるだろうと、安易に判断していたからである。中国を侮っていたわけだ。

  それに対し中華民国は、早々と全面戦争の覚悟を決めていた。そして長期戦に持ち込むことも。
  妥協する意志はない、徹底抗戦である。
  しかも蒋介石は、日本に対し勝利するつもりでいた。もっとも、日本はいずれ世界との戦争を開始し、それに敗北するだろう、といったものである。中華民国自身が日本を打倒できるとまでは思っていなかった。
  そして蒋介石は、「日本は国家としての統制がとれていない。故に、最後の勝利を手にすることは不可能」と考えていた。現実に、事態はそのように推移していくわけであり、これは極めて正しい判断だった。

  つまり、戦略レベルの判断力と実行力という点で、日本は中華民国に大きく後れをとっていたのである。
  いかに兵が精強でも、これでは戦争には勝てない。

4−5:連戦連勝という虚名

その後、日本は徐州(1938年5月)・漢口(1938年10月)を攻略し、一時的な作戦はその後も行われるが、それで日本の攻勢は止まる。

  しかし、それでも戦争終結のめどは立たない。
  根本的な話として、そもそも戦争とは、軍隊対軍隊の戦いではない。国家対国家の総力をあげた戦いなのだ。そして当時の日本帝国は、軍隊は精強でも、国家の国力は不足していた。
  したがって日本帝国は、中国全土を征服して中華民国を打倒することはできなかった。それだけの力がなかったのである。
  そして中華民国が徹底抗戦の意図を固めている以上、講和による終戦も不可能。
  いや、日本帝国が中華民国に大幅に譲歩すれば、講和も可能だったはずだ。しかし、それができるようなら、そもそも武力衝突にはなっていまい。またなにより、表面上は連戦連勝の日本である以上、譲歩する気にはなれないのも当たり前かと思う。特に、目先のことにとらわれやすい、そして特に当時はシナ人を見下していた、日本人の気質からして。


4−6:そして泥沼へ

  そしてこうなると、もはや何を目的として日本帝国は戦争しているのか、それすら分からなくなってしまう。

  もともと日本の目的は、短期決戦に勝利して有利に講和を結ぶことだった。しかし、それには失敗してしまう。それどころか「蒋介石を対手にせず」で、日本自身が中華民国との講和を拒絶してしまう。
  それでは、全面戦争で中華民国を打倒するつもりなのか?というと、これも違う。それだけの力も意志もないし、近衛文麿も「領土的野心を有するものにあらず」と演説している。
  それでは、いったい何のために戦争しているのか?

  そしてまた、そもそも日本が中国から得ようとしたのは、利権であり居留民の安全であったはずだ。つまりは銭金であり、日本人の生活を守ることである。これは満州事変もその後の日中戦争も同様である。
  しかし、このような泥沼の戦争では、多額の戦費を費やされ、多くの兵士が犠牲となっていく。当時は国民皆兵の時代であり、兵士すなわち徴兵された一般庶民である。
  すなわち、もはや目的と手段が全く相反するものとなってしまっているわけである。



  しかも長引く戦いの負担は、日本に重くのしかかり、その国力は疲弊しきってしまっていた。「もはや国力の限界にきた、撤兵しなければならない」という状況にまで。(事実、実行はされなかったが撤兵の計画はあった。また、口述するが、これには諸外国の経済圧迫も影響している)。

  これに対して中華民国は、日本軍に国土の奥深く攻め込まれ、連戦連敗の状態ではあった。しかし、アメリカ・イギリスの支援を受け、なお戦争は継続でき、しかも少しずつではあったが、対日戦の体制を整えることが出来ていた。蒋介石政権も、崩壊どころか揺らぐ気配もなく、親日の傀儡政権である汪兆銘政府への支持はほぼ皆無。日本の占領地の中国民衆も、決して日本は支持していなかった。満州の場合とは違い、日本はその統治に失敗していたからである。

  つまり、戦略レベルで大局を達観した場合、勝利しつつあったのは日本ではなく、中華民国の方だったと言\xA4
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