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康有為(こうゆうい、1858年−1927年)

投稿者: vakacho 投稿日時: 2005/05/19 22:26 投稿番号: [78824 / 196466]
渡部昇一   上智大学名誉教授   諸君5月号   平成17年度

  康有為とはいかなる人物であったのか。ジョンストンの言葉によれば「当時のシナ民族の中で最も称賛され、かつ最も憎まれていた人物」であり、「偉大なる改革者であり、近代の賢人」であった。
  では彼は何をしょうとしたのか?
  康有為は日清戦争の敗戦に愕然とした。そして清国が生き延びるには日本の明治維新の真似をするより仕方がないと考えた(約半世紀後に朴正熙が韓国でやった維新革命と類似の発想である)。そして1898(明治31)年に『日本変政考』を編纂したが、これは日本の明治維新の経過と内容を系統的に紹介したものである。康有為は日本を手本にして清朝を近代的立憲君主制の方向に改革を進めようとした。光緒帝は康有為の上書にもとづき一連の改革の詔勅を発布した。この改革は百日ぐらいで西太后によって潰された(戊戌の政変)。康有為はその頃の保守派からは革命的として憎まれ、中華民国になってからは保守的として笑われた人物であるが、歴史のIfをもうひとつ付け加えるならば、光緒帝と康有為の改革が進んでおれば、清国は立憲君主制の国家として今も残っていたかも知れない。

もう一回よんでみ。
「康有為は日本を手本にして清朝を近代的立憲君主制の方向に改革を進めようとした。」
しかし、保守派に潰され、清政府も倒れた。
歴史は繰り返す。
意固地なプライドは身を滅ぼすぞ、シナども。
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