中国へのわずかな憐憫を込めて
投稿者: ishiis1512 投稿日時: 2005/05/15 23:45 投稿番号: [77663 / 196466]
日本人の中で、
『西遊記』を読んだことの無い人はどのくらいいるだろうか?。
『三国志』の攻防に胸をときめかせたことの無い人たちはどの程度いるだろうか?。
『水滸伝』の英雄たちにあこがれた人はどれほどいるだろうか?。
『封神演義』の強烈な仙人たちに、たまげた人はどのくらいいるだろうか?。
日本人が中国に非情な感覚を持てない理由のひとつに、
これらのすばらしい古代の文学の存在があると思う。
四書五経や、漢方を初めとする中医学など、日本人が必死で学んだものは数多い。
日本人でこれらを知らない人を探すのが難しいぐらいだ。
へたをすると、中国人以上に日本人はこれらに詳しいかもしれない。
古代の中国の世界は、多少荒々しさはあっても、
日本人に決してなじめない世界ではなく、
むしろ憧れと、広大な望みを託せる世界だった。
満州への憧れを歌った歌があるが、決して植民地への歌ではない。
過去の歴史において、どれほどの日本人が中国に憧れ、
その世界を知ろうと命がけで渡っていったか、数知れない。
だが、悲しいことに、
中国人は日本人がそれほどまでに中国を知っていることを知らない。
中国で戦った日本の軍人たちが、中国の本に夢中になり、その歴史を学んだことを知らない。
好きで戦っていたものは極めて少ない事実を知らない。
中国に一歩引いてきたのは、実は敗戦への負い目ではなく、日本の心からの愛情であることを、知らない。
中国のデモやハッカー、サッカーの暴動、さまざまな騒動を見るにつけ、
あれは『恐怖』の反動だという気がしてならない。
ゴキブリや虫を恐怖で無我夢中に叩くように、
『責められ、けなされているのに、平然と笑いかける日本人が怖い』
彼らの騒動はそう言っているように見える。
ただ、中国も変わってしまっていた。
この数十年の歴史、それは中国から古代世界の良さを、
皮をはぎ、肉をえぐりとるように無残にこそぎとってしまった。
悲しいかな『西遊記』の世界は、もはや残っていないのかもしれない。
中国は、今とてつもない孤独の中にいる。
誰も手を差し伸べることの無い泥沼にはまり込んでいる。
それが一番分かるのが、2000年以上見続けてきた日本という国だとおもう。
『西遊記』を読んだことの無い人はどのくらいいるだろうか?。
『三国志』の攻防に胸をときめかせたことの無い人たちはどの程度いるだろうか?。
『水滸伝』の英雄たちにあこがれた人はどれほどいるだろうか?。
『封神演義』の強烈な仙人たちに、たまげた人はどのくらいいるだろうか?。
日本人が中国に非情な感覚を持てない理由のひとつに、
これらのすばらしい古代の文学の存在があると思う。
四書五経や、漢方を初めとする中医学など、日本人が必死で学んだものは数多い。
日本人でこれらを知らない人を探すのが難しいぐらいだ。
へたをすると、中国人以上に日本人はこれらに詳しいかもしれない。
古代の中国の世界は、多少荒々しさはあっても、
日本人に決してなじめない世界ではなく、
むしろ憧れと、広大な望みを託せる世界だった。
満州への憧れを歌った歌があるが、決して植民地への歌ではない。
過去の歴史において、どれほどの日本人が中国に憧れ、
その世界を知ろうと命がけで渡っていったか、数知れない。
だが、悲しいことに、
中国人は日本人がそれほどまでに中国を知っていることを知らない。
中国で戦った日本の軍人たちが、中国の本に夢中になり、その歴史を学んだことを知らない。
好きで戦っていたものは極めて少ない事実を知らない。
中国に一歩引いてきたのは、実は敗戦への負い目ではなく、日本の心からの愛情であることを、知らない。
中国のデモやハッカー、サッカーの暴動、さまざまな騒動を見るにつけ、
あれは『恐怖』の反動だという気がしてならない。
ゴキブリや虫を恐怖で無我夢中に叩くように、
『責められ、けなされているのに、平然と笑いかける日本人が怖い』
彼らの騒動はそう言っているように見える。
ただ、中国も変わってしまっていた。
この数十年の歴史、それは中国から古代世界の良さを、
皮をはぎ、肉をえぐりとるように無残にこそぎとってしまった。
悲しいかな『西遊記』の世界は、もはや残っていないのかもしれない。
中国は、今とてつもない孤独の中にいる。
誰も手を差し伸べることの無い泥沼にはまり込んでいる。
それが一番分かるのが、2000年以上見続けてきた日本という国だとおもう。
これは メッセージ 1 (messages_admin さん)への返信です.
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