1932/10 リットン調査団報告
投稿者: apoxy_07 投稿日時: 2005/05/04 23:19 投稿番号: [75368 / 196466]
以前にも貼ったが、
満州国見聞記
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-リットン調査団同行記
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- ハインリッヒ・シュネー
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新国家を建国するにあたっては、多くの満州族、モンゴル人がかつての清朝の復辟を企んでいたという事が、大義名分となった。
だが、モンゴル人は、住民の問題にならないほどの一小部分を占めるにすぎない上に、主として西方及び北西の遊牧地に住んでいた。
これら少数民族の遊牧地を次々に侵入してくる農耕民族、漢民族から守ってやるという試みは非常に困難と思われた。とりわけ遊牧地が農耕可能な事を考えると長い目で見ればこんな事は絶対できない相談であった。
一方満州人は、ほとんど中国人の中に溶け込んでいるというのが実情であった。満州人は絶えず中国人と結婚していたし、中国文化が圧倒的強みを見せた関係上、自ら満州族だと感じているものはごく少数にすぎなかった。
しかも中国人には古い清朝など全く魅力がなかった。
清朝は国際情勢が変わってきたために生じた困難な諸問題を解決する能力がない事を示したからだ。中国史史上の他のもろもろの王朝と同じように清朝の「天命」はつき果てていた。普通の中国人の考え方からすれば、これで清朝は一巻の終わりであった。
とにかく、満州にいる中国人は、判明した限りでは、日本という外国の支配の確立を示すものであって、けっして中国独自の政府の再建とはみなされない「満州国」に対し、ほとんど例外なく敵対感情を抱いていた。
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これは メッセージ 75358 (hideridayo04 さん)への返信です.
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