第二次世界大戦と日本
投稿者: ttttk2005 投稿日時: 2005/05/03 23:40 投稿番号: [75076 / 196466]
日本の戦時中を生き抜いた方が書いたものです。
当時の事情(国際法相当の法律)では、西欧国民国家は主権国家で文明国、日本・中国その他いくつかが半文明国、そのほかは未開の地と定義。未開の地は「先占の法理」によって、先に取ったもの勝ち。これが合法的なことだったのです。
(大東亜戦争以前、アジアのほとんどが未開の地として西欧国民国家の植民地になりました。当然合法的です。)
さて、当時日本を囲む状況は非常に危険(日本にとって)でした。
朝鮮半島は極貧の中、事大主義(小国が大国の属国になって生きようとすること)。中国では内戦が続いた。
まず、朝鮮を独立させてまともな国にすることが最優先でした。(防波堤にする)
そして、清から独立させました(日清戦争)。
中国はいつまでたっても内輪もめばかりしてなんとも頼りなかったので、日本に都合の良い政権を樹立させようと進出しました。(日中戦争。この辺は今のアメリカがやっている戦争に近いかな。)
植民地獲得競争に参加したいアメリカ。でも当時の議会が参戦を許さない。ABC包囲網などで日本を締め付ける。
それでも戦争回避を必死になって模索していた日本。
そこでアメリカは最後通牒(ハルノート)をこっそり日本に突きつける。これで日本の戦争回避努力は万事休す。日本は会戦するより生きる道なしの決意に追い込まれた。(→真珠湾攻撃)
真珠湾攻撃に激怒したアメリカ議会の偉いお方は、戦後になってこのハルノートの存在を知り「こんな卑怯なことを隠れてしていたのか!」と怒った。
マッカーサーさえアメリカ議会で「日本の戦争は自衛のためにやむをえなかったもの」と証言した。
次は、韓国の 朴鉄柱さんが日本の事を書いたものです
参考資料:朴鉄柱(韓国 平成二年一月逝去・六十八歳、韓日文化研究所 昭和四十二年十月)
「ソウルから日本を眺めていると、日本が”心”という字に見える。北海道、本州、四国、九州と、心という字に並んでいるではないか。日本は万世一系の御皇室を頂き、歴史に断絶がない。それに対して韓国は、断絶につぐ断絶の歴史で涙なくしてみることはできない。」
「現在の日本の自信喪失は敗戦に起因しているが、そもそも大東亜戦争は決して日本から仕掛けたものではなかった。平和的外交交渉によって事態を打開しようと最後まで取り組んだ。それまで日本はアジアのホープであり、誇り高き民族であった。最後はハル・ノートをつきつけられ、それを呑むことは屈辱を意味した。”事態ここに至る。座して死を待つよりは、戦って死すべし”というのが、開戦時の心境であった。それは日本の武士道の発露であった。日本の武士道は、西欧の植民地勢力に捨て身の一撃を与えた。それは大東亜戦争だけでなく、日露戦争もそうであった。日露戦争と大東亜戦争ーこの二つの捨て身の戦争が歴史を転換し、アジア諸国民の独立をもたらした。この意義はいくら強調しても強調しすぎることはない。」
「大東亜戦争で日本は敗れたというが、敗けたのはむしろイギリスをはじめとする植民地を持った欧米諸国であった。彼らはこの戦争によって植民地をすべて失ったではないか。戦争に勝った敗けたかは、戦争目的を達成したかどうかによって決まる、というのはクラウゼヴィッツの戦争論である。日本は戦闘に敗れて戦争目的を達成した。日本こそ勝ったのであり、日本の戦争こそ、”聖なる戦争”であった。ある人は敗戦によって日本の国土が破壊されたというが、こんなものはすぐに回復できたではないか。二百数十万人の戦死者は確かに帰ってこないが、しかし彼らは英霊として靖国神社や護国神社に永遠に生きて、国民尊崇対象となるのである。」
あまりに、素晴らしい投稿だったので ぱくらせて頂いた事をお詫びします
当時の事情(国際法相当の法律)では、西欧国民国家は主権国家で文明国、日本・中国その他いくつかが半文明国、そのほかは未開の地と定義。未開の地は「先占の法理」によって、先に取ったもの勝ち。これが合法的なことだったのです。
(大東亜戦争以前、アジアのほとんどが未開の地として西欧国民国家の植民地になりました。当然合法的です。)
さて、当時日本を囲む状況は非常に危険(日本にとって)でした。
朝鮮半島は極貧の中、事大主義(小国が大国の属国になって生きようとすること)。中国では内戦が続いた。
まず、朝鮮を独立させてまともな国にすることが最優先でした。(防波堤にする)
そして、清から独立させました(日清戦争)。
中国はいつまでたっても内輪もめばかりしてなんとも頼りなかったので、日本に都合の良い政権を樹立させようと進出しました。(日中戦争。この辺は今のアメリカがやっている戦争に近いかな。)
植民地獲得競争に参加したいアメリカ。でも当時の議会が参戦を許さない。ABC包囲網などで日本を締め付ける。
それでも戦争回避を必死になって模索していた日本。
そこでアメリカは最後通牒(ハルノート)をこっそり日本に突きつける。これで日本の戦争回避努力は万事休す。日本は会戦するより生きる道なしの決意に追い込まれた。(→真珠湾攻撃)
真珠湾攻撃に激怒したアメリカ議会の偉いお方は、戦後になってこのハルノートの存在を知り「こんな卑怯なことを隠れてしていたのか!」と怒った。
マッカーサーさえアメリカ議会で「日本の戦争は自衛のためにやむをえなかったもの」と証言した。
次は、韓国の 朴鉄柱さんが日本の事を書いたものです
参考資料:朴鉄柱(韓国 平成二年一月逝去・六十八歳、韓日文化研究所 昭和四十二年十月)
「ソウルから日本を眺めていると、日本が”心”という字に見える。北海道、本州、四国、九州と、心という字に並んでいるではないか。日本は万世一系の御皇室を頂き、歴史に断絶がない。それに対して韓国は、断絶につぐ断絶の歴史で涙なくしてみることはできない。」
「現在の日本の自信喪失は敗戦に起因しているが、そもそも大東亜戦争は決して日本から仕掛けたものではなかった。平和的外交交渉によって事態を打開しようと最後まで取り組んだ。それまで日本はアジアのホープであり、誇り高き民族であった。最後はハル・ノートをつきつけられ、それを呑むことは屈辱を意味した。”事態ここに至る。座して死を待つよりは、戦って死すべし”というのが、開戦時の心境であった。それは日本の武士道の発露であった。日本の武士道は、西欧の植民地勢力に捨て身の一撃を与えた。それは大東亜戦争だけでなく、日露戦争もそうであった。日露戦争と大東亜戦争ーこの二つの捨て身の戦争が歴史を転換し、アジア諸国民の独立をもたらした。この意義はいくら強調しても強調しすぎることはない。」
「大東亜戦争で日本は敗れたというが、敗けたのはむしろイギリスをはじめとする植民地を持った欧米諸国であった。彼らはこの戦争によって植民地をすべて失ったではないか。戦争に勝った敗けたかは、戦争目的を達成したかどうかによって決まる、というのはクラウゼヴィッツの戦争論である。日本は戦闘に敗れて戦争目的を達成した。日本こそ勝ったのであり、日本の戦争こそ、”聖なる戦争”であった。ある人は敗戦によって日本の国土が破壊されたというが、こんなものはすぐに回復できたではないか。二百数十万人の戦死者は確かに帰ってこないが、しかし彼らは英霊として靖国神社や護国神社に永遠に生きて、国民尊崇対象となるのである。」
あまりに、素晴らしい投稿だったので ぱくらせて頂いた事をお詫びします
これは メッセージ 1 (messages_admin さん)への返信です.
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