日中関係

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>正しい歴史認識・決定編

投稿者: d70_user 投稿日時: 2005/04/29 13:10 投稿番号: [73323 / 196466]
こういうことか?

  「いわゆる「大和朝廷」のあった飛鳥全体、高市(今来)郡全体の人口の八、九割までが「檜前忌寸」であった漢氏の彼らと、その彼らにより百済から率いられてきた「十七の県の人夫(人民)」とによって占められているのです」

  「古い『吉備郡史』をみると、「大和の如きは事実上漢人の国、山城は事実上秦の国」ということばがあります。」(漢人――安耶から渡来。秦――百済から渡来。)

  「――「大和朝廷」のあった飛鳥の地には、いわゆる「帰化人」のほかにはだれもいなかったということがわかります」

  「飛鳥も朝鮮語アスク(安宿)で、やすらかなふるさとということでしょう」

  「このころ(大化の改新)   新羅は善徳女王が死んで、真徳女王が立ち、真徳女王はその年号を「大和」とした。そして金春秋がその実権を握ることになった。
  このとき、金春秋は倭から来ていた高向玄理を帯同して倭国に乗込み、進行中の大化改革に拍車をかけて、倭国の名を新羅の年号「大和」としたものであるが、これが日本列島内に「大和国」というものの生まれたはじめであった」

  「朝鮮でほろびた百済国がそのまま日本の天智朝にきて重なった」

  日本のはじまりとは事実上、朝鮮からの渡来人によってはじめられたようなのである。
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