盧溝橋事件の経緯
投稿者: n_o_i_s_e_m_a_n 投稿日時: 2005/04/28 03:08 投稿番号: [72724 / 196466]
>日本は旅順大連地区及び満州鉄道沿線に駐兵してのですよ。
それは関東軍では。
>盧溝橋は上記地域からどれぐらい離れているかを調べてください。
支那駐屯軍歩兵第1連隊第3大隊は、支那駐屯軍とあるように、「満州」ではなく「中国の北京市郊外に駐屯する軍隊」です。
http://www1.u-netsurf.ne.jp/~ttakayam/rokoukyou-2.htm1897年(明治30年)頃から列強の中国進出に対する反感と生活不安の為義和団の暴動が始まりたびたび外国人が襲われたことから始まる。
1900年(明治33年)には遂には天津の外国人居留地まで襲われる事態になり、当時駐在していた英・米・日・ロ・独・仏・伊・墺の8カ国の連合軍と清・義和団連合軍の戦闘となった。
当初日本は外国人排撃がキリスト教に対する反感も絡んでいたので深入りする気はなかったが英米等の強い要請で結果的には日本軍が中心となり清・義和団連合軍を破った。所謂北清事変である。
この結果の協定で各国は北京・天津に兵を常駐させる権利を得たわけで日本だけではない。
これは メッセージ 72716 (formalcriminalchargepresente さん)への返信です.
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