>ちょっと前の話ですが
投稿者: nichiyudousoron 投稿日時: 2005/04/24 02:22 投稿番号: [70141 / 196466]
大東亜戦争の世界の評価
大東亜戦争が世界に与えた影響については国家、民族、時期、イデオロギーによって異なり、
変化していくことは歴史の認識において避けることのできない事柄である。
タイ王国
ククリット・プラモード(元首相)の言葉
「日本のおかげで、アジアの諸国は全て独立した。日本というお母さんは、難産して母体を損なったが、
生まれた子供はすくすくと育っている今日、東南アジア諸国民が、アメリカやイギリスと対等に話ができるのはいったいだれのおかげであるのか。
それは『身を殺して仁をなした』日本というお母さんがあったためである。
12月8日は、我々にこの重大な思想を示してくれたお母さんが、一身を賭して重大決意された日である。
更に8月15日は我々の大切なお母さんが、病の床に伏した日である。
我々はこの二つの日を忘れてはならない。」
(「サイヤム・ラット」紙、記事題名「12月8日」)
インドネシア共和国
モハメッド・ナチール(元首相)の言葉
「アジアの希望は植民地体制の粉砕でした。
大東亜戦争は、私達アジア人の戦争を日本が代表して敢行したものです。」
イギリス
アーノルド・J・トインビー(歴史学者)の言葉
「第二次世界大戦によって、日本人は日本人のためよりも、むしろ戦争によって利益を得た国々のために偉大な歴史を残したといわねばならない。
その国々とは、日本の掲げた短命な理想であった大東亜共栄圏に含まれていた国々である。
日本人が歴史上に残した業績の意義は、西洋人以外の人類において、アジアとアフリカを支配してきた西洋人が、
過去200年間に考えていたような、不敗の半神でないことを明らかにした点である。」
(一九五六年十月二八日、英紙「オブザーバー」)
マレーシア
ガザリー・シャフィー元外務大臣の言葉
「日本がどんな悪いことをしたと言うのか。
大東亜戦争で、マレー半島を南下したときの日本軍は凄かった。
わずか3ヶ月でシンガポールを陥落させ、我々にはかなわないと思っていたイギリスを屈服させたのだ。
私はまだ若かったが、あの時は神の軍隊がやってきたと思っていた。
日本は敗れたが、イギリス軍は(マレーシアを)再び取り返すことができず、マレーシアは独立したのだ。」
(「世界から見た大東亜戦争」より)
インド
グラバイ・デサイ(弁護士会会長)の言葉
「インドは程なく独立する。その独立の契機を与えたのは日本である。
インドの独立は日本のお陰で30年早まった。
これはインドだけではない。インドネシア、ベトナムをはじめ東南アジア諸民族すべて共通である。
インド4億の国民は深くこれを銘記している。
インド国民は日本の国民の復興にあらゆる協力を惜しまないであろう。他の東亜諸民族も同様である。」
(1946年デリーの軍事裁判に参考人として出廷した藤原岩市F機関長らに。黄文雄「捏造された日本史」より)
韓国
韓国の朴正煕大統領
彼の周囲にいるかつて軍人だったよう
な威勢のいい連中は、酒に酔ってくると「日本はけしからん」と言いだす。それに対して朴大統領
は「まあ、待て」となだめながら自らの歩みを語る。朴大統領は貧農の出身で、教育を受けたいと
思いながら、とても無理だろうとあきらめていた。ところが日本がその統治下で義務教育制を敷い
たことで、朴少年も学校に通うことができた。また満州軍官学校を首席で卒業した彼は、その特典
で日本の陸軍士官学校に留学し、卒業します。日本は朴少年のような存在にそうした機会を与え
た。「日本人は名前を変えろとか生意気なこともやったけれど、私はおおむね彼らは公平にやった」
と朴大統領は述懐していたわけです。(2000年1月4日付『産経』、福田和也との「新春正論対談」)
大東亜戦争が世界に与えた影響については国家、民族、時期、イデオロギーによって異なり、
変化していくことは歴史の認識において避けることのできない事柄である。
タイ王国
ククリット・プラモード(元首相)の言葉
「日本のおかげで、アジアの諸国は全て独立した。日本というお母さんは、難産して母体を損なったが、
生まれた子供はすくすくと育っている今日、東南アジア諸国民が、アメリカやイギリスと対等に話ができるのはいったいだれのおかげであるのか。
それは『身を殺して仁をなした』日本というお母さんがあったためである。
12月8日は、我々にこの重大な思想を示してくれたお母さんが、一身を賭して重大決意された日である。
更に8月15日は我々の大切なお母さんが、病の床に伏した日である。
我々はこの二つの日を忘れてはならない。」
(「サイヤム・ラット」紙、記事題名「12月8日」)
インドネシア共和国
モハメッド・ナチール(元首相)の言葉
「アジアの希望は植民地体制の粉砕でした。
大東亜戦争は、私達アジア人の戦争を日本が代表して敢行したものです。」
イギリス
アーノルド・J・トインビー(歴史学者)の言葉
「第二次世界大戦によって、日本人は日本人のためよりも、むしろ戦争によって利益を得た国々のために偉大な歴史を残したといわねばならない。
その国々とは、日本の掲げた短命な理想であった大東亜共栄圏に含まれていた国々である。
日本人が歴史上に残した業績の意義は、西洋人以外の人類において、アジアとアフリカを支配してきた西洋人が、
過去200年間に考えていたような、不敗の半神でないことを明らかにした点である。」
(一九五六年十月二八日、英紙「オブザーバー」)
マレーシア
ガザリー・シャフィー元外務大臣の言葉
「日本がどんな悪いことをしたと言うのか。
大東亜戦争で、マレー半島を南下したときの日本軍は凄かった。
わずか3ヶ月でシンガポールを陥落させ、我々にはかなわないと思っていたイギリスを屈服させたのだ。
私はまだ若かったが、あの時は神の軍隊がやってきたと思っていた。
日本は敗れたが、イギリス軍は(マレーシアを)再び取り返すことができず、マレーシアは独立したのだ。」
(「世界から見た大東亜戦争」より)
インド
グラバイ・デサイ(弁護士会会長)の言葉
「インドは程なく独立する。その独立の契機を与えたのは日本である。
インドの独立は日本のお陰で30年早まった。
これはインドだけではない。インドネシア、ベトナムをはじめ東南アジア諸民族すべて共通である。
インド4億の国民は深くこれを銘記している。
インド国民は日本の国民の復興にあらゆる協力を惜しまないであろう。他の東亜諸民族も同様である。」
(1946年デリーの軍事裁判に参考人として出廷した藤原岩市F機関長らに。黄文雄「捏造された日本史」より)
韓国
韓国の朴正煕大統領
彼の周囲にいるかつて軍人だったよう
な威勢のいい連中は、酒に酔ってくると「日本はけしからん」と言いだす。それに対して朴大統領
は「まあ、待て」となだめながら自らの歩みを語る。朴大統領は貧農の出身で、教育を受けたいと
思いながら、とても無理だろうとあきらめていた。ところが日本がその統治下で義務教育制を敷い
たことで、朴少年も学校に通うことができた。また満州軍官学校を首席で卒業した彼は、その特典
で日本の陸軍士官学校に留学し、卒業します。日本は朴少年のような存在にそうした機会を与え
た。「日本人は名前を変えろとか生意気なこともやったけれど、私はおおむね彼らは公平にやった」
と朴大統領は述懐していたわけです。(2000年1月4日付『産経』、福田和也との「新春正論対談」)
これは メッセージ 70127 (felicaia7 さん)への返信です.
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