浜田省吾批判
投稿者: g0007n 投稿日時: 2005/04/22 01:22 投稿番号: [67913 / 196466]
私は不思議に思う。何故、日本人に「誇り」をもてないことを問題にする人々が「浜田省吾」を問題にしないのかと。
彼のヒット曲「J
BOY」は、まったく誇りを失った日本人の正体を、そのフェミニズムに対する、いまさら愚か過ぎる程正直な脆弱さ、あるいは「甘え」を披露している曲は、日本のナショナリズムが、多分、彼を批判したいであろう人たちの像がひどく裏切っていることを暴露してあまりある。
もっと、深刻なのは、おなじアルバムにある「八月の歌」によって、彼はいわゆる「祖国」を否定してしまっていることである。「広島の名のもとに平和を唱えるこの国、アジアに何を償ってきた?」
この巨大なるロックスターへの批判が出来なきない限り、我が国に「愛国心」など芽生えようもないのであることを肝に銘じるべきである。
広島出身の彼が歌う歌詞の意味は思いし、だからこそ、日本人は彼を愛せたのであると思う。
私はいわゆるハマショー世代の子どもに当たる。しかし、彼によって、一層両親世代の複雑な国家観がしれるというものである。
我が国一流のロックスターが「大陸」(日本人が一度は夢見たフロンティアという意義を全然否定するつもりが一切ないという意味でのカッコである)で跳躍することを期待する。
これは メッセージ 67904 (shinanju5 さん)への返信です.
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