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百人斬りは冤罪、利用している中共-1

投稿者: sada_goro 投稿日時: 2005/04/20 01:39 投稿番号: [65345 / 196466]
■ 「百人斬り」は冤罪。

それをあたかも事実のように巷間に流布したのは、当時の東京日日新聞(いまの毎日新聞)と、戦後の朝日新聞社と、同元編集委員の本多勝一氏。

それを利用しているのが、共産党中国。

「百人斬り」は「南京で捕虜・市民三十万人が日本軍に組織的に虐殺された」とする“虐殺派”の証拠として頻繁に持ち出されてきた。
昭和46年には朝日新聞が「中国の旅」の中で連載。

翌年にはあの本多勝一氏が「中国の旅」(同社刊)を出版し、両少尉の実名(その後、イニシャル)で掲載し論争となった。

「百人斬り」はノンフィクション作家、鈴木明氏の大宅賞受賞作「『南京大虐殺』のまぼろし」(昭和48年、文芸春秋)などで虚構性が明らかになり、記事自体が戦意高揚目的だったこともわかっている。

■ 事の経緯
南京攻略に向かう戦闘で、二人の青年将校、向井敏明少尉(26)と野田毅少尉(25)が百人斬り競争を企てたという報道があった。
東京日日新聞(いまの毎日新聞)が、昭和12年11月30日付の紙面を皮切りに、4回にわたって武勇伝としてそのニュースを伝えた。
「まさに神速、快進撃、その第一線に立つ片桐部隊に『百人斬り競争』を企てた二名の青年将校がある。無錫出発後早くも一人は五十六人斬り、一人は廿五人斬りを果たしたといふ。(略)銃剣道三段の向井少尉が腰の一刀『関の孫六』を撫でれば野田少尉は無銘ながら先祖伝来の宝刀を語る」
記事を執筆したのは、浅海一男記者(戦後、毎日新聞労組委員長。退職後、中国問題評論家。故人)。

昭和12年12月3日付には、南京攻略戦の従軍記者二人の署名入りでこんな記事が掲載された。
「野田『おいおれは百五だが、貴様は?』向井『おれは百六だ!』…両少尉アハハハ、結局いつまでにいずれが先に百人斬ったかこれは不問、結局じゃドロンゲームと致そう…」。

これが元で向井、野田両少尉は、昭和22年12月、《共産党中国》の法廷で戦犯として裁かれ、翌月に銃殺刑に処せられた。
その判決の最大の根拠が、当時の東京日日新聞のこの記事だった。

ちなみに、《共産党中国》の軍事裁判に先立って、戦後まもなくB、C級戦犯を裁く目的で、二人は米軍によっても取調べを受けているが、南京戦は近代戦で銃撃戦が主な戦闘方法だと分かっているから、刀を振るって100人も斬るなんてことはありえない。
米軍は、事情を聞いてすぐ釈放した。

(つづく)
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