ウヨ得意のトリミング、バカ
投稿者: apoxy7 投稿日時: 2005/04/18 11:14 投稿番号: [61489 / 196466]
http://www.geocities.jp/yu77799/nihonjin.html
徳川義寛「侍従長の遺言」より
【昭和十二年の南京占領の時、日本軍がひどいことをしたということは、私は当時から知っていました。中国人捕虜を数珠つなぎにして撃ち殺すとか・・・。】私の大学の友人で軍医だったのが、朝香宮さまのお供で現地へ行って見聞した話を、私は聞いていたからです。
それに、南京攻略の総大将松井石根さんは名古屋の人で、私の母(徳川寛子)が松井さんの奥さんをよく知っていましたし、私の父(義恕)は名古屋の軍人の会の会長をしていましたから。
松井さんは中国の勤務が長く、南京攻略後、「相手の死者も浮かばれまい」と、現地で日中両方の死者の慰霊祭をやろうとした。ところが、下の師団長クラスの連中に笑われ反対されたということでした。みな、「戦争なんだからそういうこともあっても・・・」といった感じだったそうです。
松井さんは日露戦争も経験していたから、日本の捕虜の扱いが日露の頃は丁重だったことをよく知っていた。しかし、南京では、上の言うことを下が聞かず、軍紀の抑えがきかなくなっていた。それで松井さんは後に熱海に興亜観音を造った。松井さんは立派だったと思いますね。
南京虐殺があったとか無かったとか論争があるようですが、当時も関係者の多くは事実を知っていたんです。陛下が知っておられたかどうかはわかりませんが、折に触れて「日露戦争の時の軍と違う」ということはおっしゃっていました。明治天皇のご事蹟をよく知っておられましたから。
(「侍従長の遺言」
P38〜P39)徳川義寛「侍従長の遺言」より
これは メッセージ 61475 (ishiis1512 さん)への返信です.
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