ロシアが悪い2
投稿者: dr_masirito_junitirou 投稿日時: 2005/04/17 11:11 投稿番号: [58713 / 196466]
日本が韓国を併合する前のロシアは、ナポレオン軍を蹴散らしたコサック兵を擁する世界最強の陸軍国であり、すでに超大国でした。そのロシアが不凍港を求めてどんどん南下しようとしていたわけです。世界地図をみれば明らかなように、ロシアの南下の先には韓国があり、その先には日本があります。韓国がしっかりとしていてくれれば、そこでロシアの南下は食い止められるのですが、当時の状況からすると、韓国にロシアの覇権がおよぷのは時間の問題でした。事実、ロシアは現在の北朝鮮の森林伐採権、鉱山発掘権をとり、鴨緑江河口の竜岩浦を軍事占領し、ポート・ニコラスと、ロシア名に変えたのです。そうすると、いまの朝鮮半島にロシアが本陣を築き、そこから悠々と日本を攻めるということにもなりかねず、このことに対する当時の日本の恐怖は、非常なものでした。にもかかわらず、朝鮮がいつまででもフラフラとしていたので、やむをえず日露戦争となり、その後に日本が朝鮮を預かることになり、伊藤博文が朝鮮統監になってかの地に赴任したのです。このとき、伊藤博文は「植民地にしない」ということを内外に宣言していました。
しかしながら、そうした日本の立場や伊藤博文の奥深い配慮を理解できなかった朝鮮民族主義者・安重根が、伊藤博文を暗殺してしまいました。これがどれほど破天荒なことであったかというと、敗戦直後のアメリカの占領下において、進駐軍のトップであるマッカーサー元帥を殺してしまったようなものです。そんなことがあったら、皇室はなくなり、日本は第二のハワイになったかもしれません。伊藤博文の暗殺のため、事態の成り行きをもっとも恐れたのは朝鮮であり、世界中が日本に同情しました。当時、ヨーロッパ列強はこぞって植民地を持っていたわけであり、その植民地に赴任した総督や前総督が現地で暗殺されるなどということは、けっして起こってはならなかったことだったからです。そのような状況のなかで、1910年(明治43年8月22日)に、日韓併合条約が成立したわけですが、日本はすぐさま併合案に飛びついたわけではありません。まず第一に、当時の日本にとって大切であったアメリカやイギリスのマスコミが、あげて日韓併合論を唱えはじめるという状況がありました。日本はそうした英米の世論に注意深く耳を傾けたうえで、清国(いまの中国)ロシア、ドイツ、フランス、イタリアなど世界の主要な国に「日韓併合をどう見るか」と、意見を聞いて回っています。そうしたところが、どの国も「それで構わない」という意見であり、反対を表明した国は一国もありませんでした。アメリカのルーズベルト大統領もイギリスのランズダウン外相も併合に大賛成でした。そこで、日本は日韓併合に踏み切ったのです。
しかしながら、そうした日本の立場や伊藤博文の奥深い配慮を理解できなかった朝鮮民族主義者・安重根が、伊藤博文を暗殺してしまいました。これがどれほど破天荒なことであったかというと、敗戦直後のアメリカの占領下において、進駐軍のトップであるマッカーサー元帥を殺してしまったようなものです。そんなことがあったら、皇室はなくなり、日本は第二のハワイになったかもしれません。伊藤博文の暗殺のため、事態の成り行きをもっとも恐れたのは朝鮮であり、世界中が日本に同情しました。当時、ヨーロッパ列強はこぞって植民地を持っていたわけであり、その植民地に赴任した総督や前総督が現地で暗殺されるなどということは、けっして起こってはならなかったことだったからです。そのような状況のなかで、1910年(明治43年8月22日)に、日韓併合条約が成立したわけですが、日本はすぐさま併合案に飛びついたわけではありません。まず第一に、当時の日本にとって大切であったアメリカやイギリスのマスコミが、あげて日韓併合論を唱えはじめるという状況がありました。日本はそうした英米の世論に注意深く耳を傾けたうえで、清国(いまの中国)ロシア、ドイツ、フランス、イタリアなど世界の主要な国に「日韓併合をどう見るか」と、意見を聞いて回っています。そうしたところが、どの国も「それで構わない」という意見であり、反対を表明した国は一国もありませんでした。アメリカのルーズベルト大統領もイギリスのランズダウン外相も併合に大賛成でした。そこで、日本は日韓併合に踏み切ったのです。
これは メッセージ 1 (messages_admin さん)への返信です.
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